役員が退職するとき、従業員の規定とは異なる役員退職金を支給することができます。ただし、不相当に高額な金額の場合は損金算入することができません。今回は、役員退職金の概要と、不相当に高額な部分の金額について解説します。
役員退職金とは
一般的な退職金と、役員に対する退職金は、金額の決定方法などに違いがあります。
役員退職金とは
退職金とは所得税法30条に規定されているとおり、退職したことに起因して一時に支払われることとなった給与のことです。一般的な退職金については、就業規則の退職金規定に基づいて支給されます。退職金規定の作成は義務ではありませんが、従業員とのトラブルを防ぐために合理的な計算方法を定めておくのが一般的です。一方、取締役や監査役等に支給する役員退職金については、定款に記載するか株主総会の決議により決めることになります。
退職の事実
役員退職金を支給するには「退職の事実」が必要です。退職の事実には、任期満了による退任、辞任や死亡等のほか、以下の場合も該当します。
・常勤役員から非常勤役員になった場合
常時勤務していないものであっても代表権を有する者および代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く
・取締役から監査役になった場合
監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者および使用人兼務役員として認められない大株主を除く
・分掌変更等の後の役員の給与が概ね50%以上減少した場合
分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く
損金算入時期
役員退職金の損金算入時期は、原則として、株主総会の決議等によって退職金の金額が具体的に確定した日の属する事業年度となります。ただし、法人が退職金を実際に支払った事業年度において損金経理をした場合は、その支払った日の属する事業年度において損金の額に算入することも認められています。この場合に、退職金の額が具体的に確定する事業年度より前の事業年度において、取締役会で内定した金額を損金経理により未払金に計上しても、未払金計上時点において損金の額に算入することはできません。
役員退職金のメリット
①節税効果
役員退職金は損金算入されるので、法人税の節税効果が期待できます。また、役員退職金は給与・賞与とは違い社会保険料の適用対象外なので、法人の社会保険料負担がありません。
②退職者の税負担軽減
退職金には、所得税・住民税が課されます。ただし、退職金は長年の勤労に対する報奨的給与として、また退職後の生活の保障として一時に支払われるものであるため、退職所得控除が設けられたり、他の所得と分離して課税されるなど、税負担が軽くなるように配慮されています。
③自社株の株価引き下げ
役員退職金は高額になる場合が多く、適正額であれば全額損金算入できるので、利益を圧縮して自社株の株価を引き下げることができます。株式の譲渡・贈与・相続する場合には、株価を低くすることで税負担を軽くすることができます。ただし、役員退職金の支払いに伴い保険金の払い戻しを受けて収益となる場合は、株価引き下げ効果が薄くなるので注意が必要です。
役員退職金のデメリット
①資金繰り悪化の恐れ
役員退職金は高額になる場合が多いため、資金繰りの悪化を招くリスクがあります。資金繰りの悪化を防ぐために、計画的な資金繰りや資金の確保が必要です。
②株主総会の開催の事務手続き等
役員退職金は定款の記載または株主総会決議により決定されますが、定款へ記載されている場合は少ないため、ほとんどの場合が株主総会決議によっています。そのため、株主総会開催手続の手間がかかるほか、株主からの反対により決議が進まず、トラブルが生じる場合もあります。
税金の計算方法
退職金は「退職所得」として、他の所得とは別に所得税を計算します。退職所得の金額の計算方法は以下のとおりです。
(収入金額−退職所得控除額)×1/2
退職所得控除額の計算方法は以下のとおりです。
勤続年数 20年以下
40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
勤続年数 20年超
800万円+70万円×(勤続年数−20年)
上記で計算した退職所得に対して、所定の税率を乗じて所得税及び住民税が算出されます。
不相当に高額な金額
役員退職金は任意で決定することができますが、法人税法施行令70条2項において、不相当に高額な部分の金額は損金算入することができないと規定されています。
不相当に高額な部分の金額とは、次の事項を基に退職給与として相当であると認められる金額を超える部分の金額をいいます。
・業務に従事した期間
・退職の事情
・同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等
計算方法
役員退職金の適正額を計算する方法として「1年当たり平均額法」と「功績倍率法」が使われています。
1年当たり平均額法
1年当たり平均額法とは、業種や規模などの類似法人の役員退職金の金額を、退職した役員の勤続年数で除して算出した1年当たりの平均額に、対象役員の勤続年数を乗じて計算する方法です。計算式は以下のとおりです。
類似法人の役員退職金の1年当たりの平均額×勤続年数
類似法人の1年当たりの平均額の算出方法は以下のとおりです。
A社 役員退職金8,000万円/勤続年数20年=400万円
B社 役員退職金9,000万円/勤続年数15年=600万円
C社 役員退職金5,000万円/勤続年数10年=500万円
平均額 500万円
勤続年数20年の役員に対する退職金を1年当たり平均額法で計算した金額は以下のとおりです。
類似法人の1年当たり平均額500万円×勤続年数15年=7,500万円
1年当たり平均額法を採用する場合は、類似法人の退職給与について情報を集めることが非常に困難ですが、書籍や情報公開データなどから収集し、計算の根拠を示すことができるように揃えておくことが大切です。
功績倍率法
役員退職金の計算に最も使用される方法が功績倍率法です。功績倍率法とは、法人税法通達9-2-27の3に「役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法をいう」と記されています。具体的な計算方法は以下のとおりです。
最終報酬月額×勤続年数×功績倍率
功労加算金
退職した役員が多大な功績の残した場合に、「功労加算金」として退職金に上乗せして支給することがあります。役員退職金が不相当に高額であるかの判定には、退職金と功労加算金を合算した金額が対象となるので、功労加算金の支給には注意が必要です。
功績倍率法とは
役員退職金の計算において最も多く利用されているのが功績倍率法です。功績倍率法は多くの裁判において、役員退職金の計算において合理的な方法であると示されています。
功績倍率法の合理性
役員退職金の計算方法には、前述のとおり「1年当たり平均額法」と「功績倍率法」がありますが、功績倍率法が合理的な計算方法とされています。東京地裁昭和55年5月26日の判決において、1,704社に対する調査において、154社が最終報酬月額と在任期間の積に一定の数値を乗じて退職給与金額を算出する方式をとっており、退職給与金額の相当性の判断にあたって、同業種、類似規模の法人を抽出し、その功績倍率を基準とすることは合理的であると示されています。
最終報酬月額
功績倍率法においては、役員の退職時の報酬月額で退職金を計算します。役員の最終報酬月額は、役員の在職期間中における最高水準を示すとともに在職期間中の会社に対する功績を反映しているとされているとの判例もあり(東京高裁平成元年1月23日判決)、役員退職金を計算する上で合理的な計算要素とされています。ただし、退職直前に役員報酬を極端に増額した場合などは、不相当に高額であると判断されることがあるので注意が必要です。一方、役員においては社会保険料の負担額を下げるため、自社の利益を上げるためなどの特別な事情により、役員報酬が著しく低額になっている場合があります。この場合、1年当たり平均額法を採用することが合理的とする以下の判例があります。
国税不服審判所昭和61年9月1日判決
最終報酬月額が役員の在職期間を通じての会社に対する貢献を適正に反映したものでないなどの特段の事情があり低額であるときは、最終報酬月額を基礎とする功績倍率法により適正退職給与の額を算定する方法は妥当でなく、最終報酬月額を基礎としない1年当たり平均額法により算定する方法がより合理的である。
札幌地裁平成11年12月10日判決
1年当たり平均額法は、退任役員の勤続年数は加味されるものの報酬の後払い的性格の役員退職給与の額に最も関連の深い要素である退任役員の退任時の役員報酬が加味されないという欠点を有しており、功績倍率法に比較して間接的な算定方法である。しかし、退任役員の最終報酬月額が退任間際に大幅に引き下げられるなど何らかの事情で適正額でない場合には、平均功績倍率法による適正な退職給与の算定には合理性を欠く場合があり、このような場合には、1年当たり平均額法によることに合理性があるということができる。
また、最終報酬月額の判定においては、高松地裁平成5年6月29日の判決のように、最終報酬月額5万円が役員の功績に対して低額すぎることが認められ、最終的に41万2,500円に増額修正されたケースもあります。
功績倍率3.0の妥当性
功績倍率については、3.0が一般的な数値として広く採用されています。これは昭和55年5月26日の東京地裁判決において、社長3.0、専務2.4、常務2.2、平取締役1.8、監査役1.6が相当な基準といえると示され、さらに高裁、最高裁でも支持されたことにより、一般的な数値として認識されるようになりました。ただし、功績倍率について明確な基準はないため、3.0以上を採用して認められる場合もあり、3.0以下であっても不相当に高額であると否認される場合もあります。
平均功績倍率と最高功績倍率
功績倍率法には「平均功績倍率法」と「最高功績倍率法」の計算方法があります。平均功績倍率法とは、同業類似法人の功績倍率の平均値を採用し、最高功績倍率においては、最高値を採用して計算する方法です。合理的な計算方法とされる功績倍率法ですが、役員退職金の不相当に高額な部分の金額を計算する場合において、平均功績倍率法を採用するのが最も合理的であるとされており、以下の判決のほかにも多くの裁判において示されています。
東京地裁平成25年3月22日
平均功績倍率は、退職役員の法人に対する功績や法人の退職金支払い能力など、最終報酬月額及び勤続年数以外の役員退職給与の額に影響を及ぼす一切の事情を総合評価した係数であるということができるところ、類似法人における功績倍率の平均値を算定することにより類似法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値とされ、それを、最終報酬月額×勤続年数に乗じて役員退職給与の適正額を算定する平均功績倍率法は、類似法人の抽出が合理的である限り法令の趣旨に最も合致する合理的な方法だと示されました。
一方、最高功績倍率法は、平均功績倍率法を算定するために役員退職 給与を支給した類似法人の抽出基準が必ずしも十分でない場合や、その抽出件数が僅少であり、かつ、問題の役員給与を支給した法人と最高功績倍率を示す類似法人とが極めて類似している場合などに限られるとされています。
最高功績倍率が認められるのは平均功績倍率法に合理性を欠く場合です。最高功績倍率が採用された裁判は以下のとおりです。
東京地裁昭和55年5月26日判決
認定の事実によれば、比較法人の選定基準は不十分のきらいがないわけではない(事業規模が類似する法人を抽出する場合には資本金額だけでなく総資産額、売上金額等も選定基準とするのが望ましい。)が、抽出された7法人の期末総資産額及び売上金額を比較すると、前者は0.6倍ないし10.8倍、後者は0.4倍ないし11.8倍であって、ばらつきが大きいものの、これらの金額と功績倍率の大小との間には顕著な相関関係は見出し難いのであり、従って少なくとも比較法人の功績倍率の最高基準を基準として退職給与金額の相当性を判断する限りにおいては選定基準の不十分さの故に判断の合理性が失われるものではない。そして、抽出された比較法人及び退職役員の数も資料の客観性を担保するに足りるものであるから、退職役員の功績倍率の最高3.0を基準として退職役員に対する退職給与の相当性を判断することは合理的であるというべきである。
上記裁判においては、類似法人の抽出が適切ではないため、最高功績倍率を採用することにより合理性が失われるものではないと示されています。
まとめ
役員退職金については高額でありながら明確な判断基準がないため、不相当に高額な金額について争いの多い論点です。税務調査で解決できず、裁判にまで進んでしまう場合は、否認されるリスクが高まります。そうならないためにも、役員退職金の金額について十分な検討が必要です。