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2026.01.07

事業譲渡の成功を左右する!債権者保護の「必要性」と「実務上の回避策」

企業の事業再編や承継において、事業譲渡は非常に柔軟で利用しやすい手法です。しかし、この手続きを進めるにあたり、多くの経営者様が「債権者保護手続き」の要否について疑問を持たれます。

合併や会社分割といった会社法上の組織再編行為においては、債権者保護手続き(官報公告や個別催告)は法律上必須とされています。これに対し、事業譲渡においては、その特性上、原則としてこれらの「法定の手続きは不要」とされています。

しかし、「不要」であるからこそ、適切な手続きを怠ると、予期せぬトラブルや、後述する商号続用時の譲受会社の責任(会社法第22条)といった大きなリスクに直面する可能性があります。

本稿では、事業譲渡における債権者保護の法的な前提と、法律上必須ではないにもかかわらず、なぜ実務上は「欠かせないステップ」となるのか、そのリスクと回避策について、具体的な注意点を交えて解説してまいります。

事業譲渡・債権者保護の基礎知識

まず、本記事を理解いただく上で欠かせない、基本的な用語の定義を確認しておきましょう。

事業譲渡とは?(個別承継の原則)

事業譲渡とは、会社が行う事業の全て、または特定の部門・店舗などの一部を、当事者間の売買契約に基づいて他の会社へ移転させる手法です。ここでいう「事業」とは、単なるモノ(資産)の寄せ集めではなく、その事業を構成する組織、技術、ノウハウ、顧客基盤、資産、そして負債といった有機的な一体を指します。

組織再編行為との決定的な違い

事業譲渡の最も重要な特徴は、「個別承継(こべつしょうけい)」の原則です。

比較対象

権利義務の承継方法

組織再編行為(合併・会社分割など)

包括承継:権利義務が自動的に、一括で新しい会社に引き継がれる。

事業譲渡(売買契約)

個別承継:資産や契約、負債といった個々の権利義務ごとに、個別の移転手続きが必要。

債務(負債)の個別承継

この個別承継の原則が最も明確に表れるのが、負債(債務)の取り扱いです。

事業に付随する債務を譲受会社(買い手)に引き継がせたい場合、当事者間で合意するだけでは足りません。民法の原則により、債権者(銀行、仕入先など)一人ひとりからの「同意」を得る必要があります(免責的債務引受)。

もし債権者の同意が得られなければ、その債務は形式上、譲受会社に移転したとしても、法的な弁済責任は依然として譲渡会社(売り手)に残り続けます。このため、事業譲渡は譲渡会社と譲受会社が譲渡する財産を自由に選別できる柔軟性を持つ一方で、負債の移転には手間と時間がかかるという特性を持ちます。

この「個別承継」の仕組みを理解することが、事業譲渡における債権者保護の要否を判断する上での第一歩となります。

債権者保護とは?

債権者保護とは、会社が事業譲渡や合併などの行為を行う際、責任財産の不当な減少や債務履行可能性の低下によって、既存の債権者が不利益を被らないよう守る仕組みです。

手続きの法的義務の違い

区分

組織再編(合併・分割など)

事業譲渡(売買契約)

法的義務

必須(包括承継のため影響大)

原則不要(個別承継のため)

手続き例

官報公告、債権者への個別催告

免責の登記・通知(商号続用時)

目的

異議申立ての機会の付与

リスク回避と信用の維持

事業譲渡では、原則として法定の手続きは不要ですが、特定の規定が存在します。

商号続用時のリスク回避(会社法第22条): 譲受会社が譲渡会社の商号を引き継ぐと、債権者が誤解し、譲受会社が意図せぬ残存債務の責任を負うリスクがあります。これを回避するため、「免責の登記または通知」という実務上の対応が不可欠です。

詐害的事業譲渡の防止(会社法第23条の2):譲渡会社が債権者を害することを知って事業譲渡を行った場合、譲受会社がその事実を知っていれば、債権者は譲受会社に対しても、譲渡財産の価額を限度として弁済を請求できます。

事業譲渡の成功には、この法的リスクを理解し、法定外の「実務上の回避策」を適切に講じることが鍵となります。

事業譲渡における債権者保護の法的根拠(組織再編との違い)

事業譲渡において原則として債権者保護手続きが不要とされる理由を確認しましょう。

原則:法的な債権者保護手続きは不要

合併や会社分割では、権利義務が包括的に承継されます。債務も全て自動的に新しい会社に移るため、元の債務者(消滅会社など)が会社から消滅したり、債務を負う会社の財務基盤が著しく変化したりします。このため、会社法は債権者に対して異議申し立ての機会を与えることを義務づけています。

一方、事業譲渡は、財産を個別売買によって移転させる手法です。

1.債務の原則残留: 事業譲渡の際、債務(借入金や買掛金など)は原則として譲渡会社(売り手)に残留します。譲受会社(買い手)に債務を引き継がせるには、債権者個別の同意(免責的債務引受)が必須となります。

2.譲渡会社の存続: 事業譲渡後も、譲渡会社自体は存続し、その責任財産(譲渡対価を含む)をもって残った債務を弁済する責任を負います。

したがって、譲渡会社から債務が勝手に分離されたり、会社自体が消滅したりするわけではないため、法律は組織再編のような一律の官報公告義務を課していません。

例外的な「債権者保護」の規定

事業譲渡では原則として法的な債権者保護手続きは不要ですが、法律は、債権者が誤解したり、譲渡会社が債務を免れる意図を持ったりした場合に、債権者を保護する「例外的な規定」を設けています。これが、実務上、「債権者保護手続きに相当する措置」が必要となる最大の理由です。

具体的には、以下の会社法第22条と第23条の2が、事業譲渡における債権者保護の核となる規定です。

1.会社法第22条:商号続用による譲受会社の責任(誤解防止)

この規定は、譲受会社(買い手)が譲渡会社(売り手)の商号を引き続き使用することで、債権者が「事業主体が変わっていない」または「債務が引き継がれた」と誤解するリスクから債権者を保護します。

(会社法第22条第1項:抜粋)

事業を譲り受けた会社が、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社は、譲渡会社の事業によって生じた債務について、弁済の責任を負う。

この規定が適用されると、たとえ事業譲渡契約で「債務は引き継がない」と定めていたとしても、譲受会社は債務を弁済する責任を負わされてしまいます。この規定こそが、後に述べる「免責の登記または通知」という実務上の手続きが必須となる直接的な根拠です。

2.会社法第23条の2:詐害的事業譲渡による譲受会社の責任(債務免脱防止)

この規定は、譲渡会社が債権者を害することを知って事業を譲渡した場合に、譲受会社に一定の責任を負わせることで、債権者の利益を守るためのものです。

(会社法第23条の21項:要旨) 譲渡会社が債権者を害することを知って事業を譲渡した場合において、譲受会社もその事実を知って譲り受けたときは、債権者は譲受会社に対し、譲り受けた財産の価額を限度として、債務の履行を請求することができる。

簡単に言えば、譲渡会社が意図的に債務逃れ(詐害行為)を図り、譲受会社もそれを承知していた場合、債権者は譲受会社に対しても、引き継いだ財産の範囲内で支払いを請求できるようになります 。

この規定があるため、譲渡会社は事業譲渡後も、残存債務を確実に履行できる財務基盤を維持し、譲受会社は譲渡会社の財務状況や債務の状況を事前にしっかりと調査(デューデリジェンス)することが、実務上極めて重要となります。

このように、事業譲渡は原則自由ですが、上記2つの規定が債権者保護の最後の砦として機能しており、この規定があるために、実務では慎重な対応が求められることになります。

債権者とのトラブルを招く二大リスクとその回避策

事業譲渡において、債権者との間で大きなトラブルとなる可能性のあるリスクは以下の二つです。これらを回避するための措置が、実務上の「債権者保護手続き」に相当します。

リスク①:商号続用による債務の誤信(会社法第22条)

譲受会社(買い手)が、譲渡事業の信用力を引き継ぐ目的で、元の譲渡会社の商号を引き続き使用することがあります。これが債権者保護の最大の論点です。

【具体的なリスク】

債権者は、商号が変わらないことで、「事業主体が変更されていない」あるいは「債務も全て譲受会社に引き継がれた」と誤信します。その結果、譲渡会社に残存しているはずの債務について、譲受会社に対して弁済を請求する権利が発生してしまいます。

(会社法第22条:商号続用による譲受会社の責任)

事業を譲り受けた会社が、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社は、譲渡会社の事業によって生じた債務について、弁済の責任を負う。

この責任を負う債務は、譲受会社が承継する意思のなかった残存債務にまで及び、譲受会社にとって重大な簿外債務となりかねません。

【回避策(実務上の必須対応)】

商号を続用する場合、譲受会社がこの責任を免れるためには、法律上、以下のいずれかの手続きを必ず行わなければなりません。これが、事業譲渡における実質的な債権者保護手続きとなります。

1.免責の登記:

事業譲渡後、遅滞なく「譲受会社は譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない」旨を登記すること。

2.免責の通知:

事業譲渡後、遅滞なく債権者に対し、譲受会社が譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を通知すること。

実務のポイント: 債権者に確実に情報が届き、誤信を防ぐため、通知は内容証明郵便など、送付と内容を証明できる方法で行うことが強く推奨されます。もちろん、対象となる事業の評価が不合理で対価が非常に安かったりして譲渡企業の債権者を害する場合には、債権者により詐害行為取消が行使されることがありますので、譲渡対価は合理的なものであることは言うまでもありませんので、その点も留意が必要です。

リスク②:譲渡会社の財産減少による残存債務の履行不能

譲渡会社が主要な事業を譲渡し、その対価(売却代金)を債務の弁済に充当せず、他の用途に費消したり、または残った財産が極端に少なくなり、残存債務の履行が危うくなる場合があります。

【具体的なリスク】

・債権者は、譲渡会社の財務状況悪化により債権回収ができなくなるリスクに直面します 。これが債権者に対する実質的な不利益となります 。

・譲渡会社が債権者を害する目的(詐害目的)で事業譲渡を行った場合、債権者は民法上の「詐害行為取消権」を行使することが可能です 。

・さらに、会社法第23条の2に基づき、譲受会社がその事情を知って譲り受けていた場合には、債権者は譲受会社に対しても、譲渡された財産の価額を限度として弁済を請求できる可能性があります 。

【回避策(財務基盤の確保)】

譲渡会社が残存債務を確実に履行できる体制を整えることが、トラブルを未然に防ぐ最善の策です。

1.債務の明確化と計画的な弁済: 譲渡対価の使途を明確にし、金融機関など主要な債権者に対して、売却代金による繰り上げ返済計画など、具体的な弁済計画を示す。

2.財務状況の維持: 譲渡後も、譲渡会社に十分な資産(特に譲渡対価)を残し、残存債務の裏付けとなる責任財産を確保する。

3.主要債権者との事前協議: 特に金融機関など、巨額の債務を持つ主要な債権者に対しては、事業譲渡の計画と、債務の取り扱い(重畳的引受か、返済計画か)を事前に説明し、理解を得ることが不可欠です。

「事業譲渡を成功させる」債権者対応ステップ

法定手続きがないからこそ、事業譲渡では「契約書外の対応」が重要になります。

ステップ1:債務の選別と取扱いの決定

譲渡会社と譲受会社の間で、譲渡対象の負債(債務)を明確にリストアップし、以下のいずれとするか決定します。

・譲受会社が引き受ける債務: 債権者個別の「同意(免責的債務引受)」を取得する。

・譲渡会社に残存させる債務: 譲渡対価をもって確実に弁済できる計画を策定する。

ステップ2:商号続用の有無の決定と対応の実行

商号を続用するかどうかを判断します。

・続用する場合: 上記の通り、免責の登記または通知を迅速に実行します。

・続用しない場合: 法的な責任は発生しませんが、念のため、事業譲渡の事実と、債務は譲渡会社に残る旨を、主要な取引先に個別に通知することが望ましいです。

ステップ3:主要債権者への「丁寧な個別説明」

金融機関などの主要な債権者に対しては、事業譲渡の目的、譲渡対価の額、そして残存債務の確実な履行計画について、事前に面談等を通じて丁寧に説明することが、何よりも重要です。

これは法律上の義務ではありませんが、信用維持と将来的な協力を得るために不可欠な経営上の責務と言えます。

まとめ

事業譲渡における債権者保護手続きは、会社法上、一律に義務づけられているわけではありません。

しかし、商号を続用する場合の「譲受会社の責任(会社法第22条)」や、債権者を害する譲渡が行われた場合の「詐害的事業譲渡の責任(会社法第23条の2)」といった重大な法的リスクが潜んでいます 。これらを回避するためには、免責手続きや事前のデューデリジェンス、そして残存債務の履行可能性を確保することが、企業としての信用を守るために極めて重要です 。

法的な手続きは不要でも、「実務上の回避策」を適切に講じることが、事業譲渡を成功に導き、将来的な債権者との法的なトラブルを未然に防ぐ鍵となります。

当税理士事務所では、貴社の事業譲渡計画において、税務面だけでなく、上記のようなリスク管理の観点からも、最適なアドバイスと実行支援を提供いたします。

お読みいただきありがとうございました。