会社経営において「事業年度」という言葉は必ず登場します。決算や税務申告、経営計画の策定など、あらゆる場面で基準となるのが事業年度です。しかし、初めて会社を設立された方や経理に携わる方にとっては、「事業年度とは何か」「会計年度や暦年との違いは何か」といった疑問を持たれることも少なくありません。
事業年度は単なる「期間の区切り」ではなく、会社の経営戦略や資金繰り、税務申告に直結する重要な概念です。この記事では、基礎的な知識から、会社経営における役割、設定方法、具体的な手続きなどを詳しく解説いたします。
事業年度についての基礎知識
まずは、事業年度についての基礎知識を確認していきましょう。
事業年度の定義
「事業年度」とは、法人または個人事業主が、その経営活動における収益や費用を計算し、財産の状況を確定するために区切る一定の期間を指します。
端的に言えば、会社の「一年間」のことです。学校における「学年度(4月1日から翌年3月31日まで)」や、国や地方公共団体の「会計年度(4月1日から翌年3月31日まで)」と同様に、区切りを設けることで、期間ごとの経営成績を把握しやすくするためのものです。
法人の場合は、会社法や法人税法といった法律に基づき、この事業年度を区切りとして、決算を行い、税務申告を行うことが義務付けられています。個人事業主の場合は、原則として暦年(1月1日から12月31日まで)が事業年度に該当します。
事業年度の設定期間
法人の事業年度については、1年以内の任意の期間で決めることができます。事業年度を3カ月や6カ月など1年より短い期間に設定することも可能ですが、多くの法人が1年間で設定しています。
例えば、「4月1日から翌年3月31日」を事業年度とする会社もあれば、「10月1日から翌年9月30日」とする会社もあります。最も多いのが「4月1日から翌年3月31日」であり、国税庁のデータによると令和5年4月1日から令和6年3月31日までの間に事業年度が終了した法人の占める割合は約18%、資本金1億円以上の法人にあっては50%を超えています。
理由として、国や地方公共団体の会計年度に合わせるため、税制改正が4月1日から施行・適用されるためなどが考えられます。
事業年度を決める際の検討ポイント
事業年度は法人が自由に決めることができますが、どの月を決算月とするかは、経営戦略上重要な検討事項となります。特に考慮すべきポイントをいくつかご紹介します。
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検討ポイント |
詳細な内容 |
メリット |
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売上のピーク時期 |
年間で最も売上が多い、あるいは忙しい時期から数ヶ月後を決算月に設定する。 |
忙しい時期を避けることで、決算業務に集中できる。手元に資金が多くある状態で納税準備に入れる。 |
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資金繰り・キャッシュフロー |
納税資金を確保しやすい時期を決算月に設定する。 |
決算後、原則2ヶ月後に納税期限が来るため、納税資金を確保しやすい時期を選ぶことで、資金繰りが安定する。 |
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親会社・グループ会社との連携 |
親会社やグループ会社がある場合、その決算月に合わせる。 |
グループ全体の経営成績を把握しやすく、連結決算などの業務を効率化できる。 |
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季節的な要因 |
特定の業界で、棚卸資産(在庫)が最も少ない時期を決算月に設定する。 |
棚卸資産の計上や実地棚卸が容易になり、決算業務の負担が軽減される。 |
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消費税の免税期間 |
設立時の消費税免税期間を最長にしたい場合、資本金や事業年度の開始時期を考慮する |
設立から最長2期、またはそれ以上の期間、消費税の納税義務が免除される可能性があります。 |
事業年度が果たす重要な役割
事業年度は、単なる期間の区切りではありません。皆様の事業経営において、以下のような極めて重要な役割を果たしています。
・経営成績の把握と分析
特定の期間(事業年度)にどれだけの売上があり、どれだけの費用がかかり、結果としてどれだけの利益(または損失)が出たのかを正確に把握できます。このデータは、翌年度の予算策定や経営戦略の立案に不可欠です。
・税金の計算と納税
法人税、法人事業税、法人住民税などの税金は、この事業年度の期間内に発生した所得(利益)に基づいて計算されます。事業年度の終了(決算日)から原則として2ヶ月以内に税務署に申告・納税を行わなければなりません。
・利害関係者への情報公開
株主や債権者、金融機関などの利害関係者に対して、事業年度ごとの決算書(財務諸表)を開示することで、会社の財政状態や経営成績を報告し、信頼を得るための基礎となります。
事業年度と会計・税務上の関係
事業年度は、皆様の会社の会計・税務手続きの土台となるものです。特に「期間帰属の原則」と「決算」において、その重要性が際立っています。
期間帰属の原則(発生主義)
会計・税務においては、「期間帰属の原則」という考え方が非常に重要です。
これは、「その収益や費用が、どの事業年度に発生したものか」を明確に区別し、該当する事業年度の損益計算に含めるという考え方です。
例えば、ある年度にサービスの提供が完了した売上は、まだ代金を受け取っていなくても、その年度の売上として計上しなければなりません(発生主義)。同様に、まだ支払っていない費用でも、その年度に発生したものは計上する必要があります(例:未払費用、引当金など)。
もし、この期間帰属を誤ってしまうと、所得(利益)が過大または過少に計上され、結果として納税額が誤ってしまうことになります。これは、税務調査においても厳しくチェックされるポイントの一つです。
決算と税務申告
「事業年度の最終日(決算日)をもって、会社はその期間の成績を確定させます。これが「決算」です。
1.帳簿の締め切り:
事業年度内の全ての取引を帳簿に記録し、仕訳を完了させます。
2.決算整理仕訳:
売上や費用を正しい年度に帰属させるための調整(未払費用、前払費用、減価償却費、引当金などの計上)を行います。
3.財務諸表の作成:
確定した帳簿に基づいて、貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、株主資本等変動計算書などの財務諸表を作成します。
4.法人税等の計算と申告:
作成した財務諸表を基に、税法上の規定(交際費の損金不算入、受取配当金の益金不算入など)を適用して課税所得を計算し、法人税、法人事業税、法人住民税などの税額を確定させます。
5.納税:
決算日から原則として2ヶ月以内に、税務署、都道府県、市区町村へ申告書を提出し、税金を納付します。
中間申告と事業年度
事業年度が6ヶ月を超える法人については、年度の開始日から6ヶ月を経過した日を仮の事業年度末として、中間申告を行う義務が生じます。
中間申告の方法には、前事業年度の税額を基礎とする方法(予定申告)と、その6ヶ月の期間を区切って仮決算を行う方法(仮決算)があります。これにより、納税を一年間に分散させ、国や自治体の財政を安定させる役割も担っています。
事業年度の変更手続き
一度定めた事業年度は、将来的に経営環境の変化などによって変更したくなる場合があります。適切な手順を踏むことにより、事業年度を変更することは可能です。
事業年度変更の必要性
事業年度を変更する主な理由は、前述の「事業年度を決める際の検討ポイント」が、現在の状況に合わなくなった場合です。
・例えば、事業拡大に伴いグループ会社が増え、親会社の決算期に合わせる必要が出た場合。
・決算月が最も忙しい時期と重なり、業務負担が大きすぎるため時期をずらしたい場合。
・税制上のメリットを最大化したい場合
変更手続きのステップ
事業年度を変更する手続きは、比較的シンプルですが、法的な手続きと税務的な手続きが必要です。
1.定款変更のための株主総会決議:
株式会社の場合、事業年度は定款の任意的記載事項であり、必ずしも記載する必要はありません。ただし、事業年度は会社の運営上、決算や納税のために非常に重要な事項です。そのため、実際にはほとんどの会社が定款に記載しています。
定款の変更には株主総会での特別決議のよって承認を得る必要があります。議決権を行使できる株主の過半数が出席し、出席株主の3分の2以上の賛成を得なければなりません。
2.異動届出書の提出:
定款変更後、速やかに所轄の税務署、都道府県税事務所、市区町村に「異動届出書」を提出します。
事業年度変更時の注意点
事業年度を変更する場合、変更前の事業年度末から新しい事業年度の開始日の前日までが、12ヶ月に満たない変則的な事業年度となります。
例えば、「3月決算」から「9月決算」に変更する場合、以下のようになります。
・変更前:令和6年年4月1日~令和7年3月31日
・変更年度:令和7年4月1日~令和7年9月30日(6カ月間)
・変更後:令和7年10月1日~令和8年9月30日
変更年度の事業年度は短くなりますが、この期間も通常通り決算と法人税等の申告が必要です。
事業年度変更による税務上の影響
事業年度の決定や変更が、会社の税金計算に具体的にどのような影響を与えるのか、主な論点について解説します。
1.減価償却費の償却率の調整
固定資産(建物、機械装置、車両運搬具など)の取得価額を費用化する「減価償却」は、耐用年数省令におけるに償却率に基づき、事業年度の期間に応じて計算されます。省令に基づき年間120万円の減価償却費が計上される資産があった場合、通常の12ヶ月事業年度であれば、そのまま120万円が損金となります。
しかし、事業年度変更などで発生した6ヶ月の事業年度の場合、償却率は事業年度が1年の場合を基準として定められているため、調整が必要です。
・償却率:償却率×事業年度の月数/12(小数点以下3位未満切上)
以下に計算例を示します。
・条件
事業年度:令和7年4月1日~令和7年9月30日(6カ月間)
取得価額:100万円
取得日:令和7年9月1日
耐用年数:6年
定率法償却率:0.333
・減価償却費の計算
償却率:0.333×6/12=0.1665→0.167(小数点以下3位未満切上)
償却費:100万円×0.167×1/6カ月(月数按分)=27,833円
この計算を正しく行わないと、所得金額が過大または過少になり、税額に影響します。
2.交際費の損金不算入限度額の調整
中小法人(資本金または出資金が1億円以下の法人)は、交際費等のうち、接待飲食費の50%、または、年間800万円を上限に損金算入が可能です。
この年間の損金算入限度額800万円も、事業年度が12ヶ月に満たない場合は、月割りで調整されます。
例えば、前述の6ヶ月の事業年度の場合、損金算入限度額は、800万円×6/12=400万円に半減します。もし、この期間に交際費を450万円使ってしまった場合、400万円を超える50万円は税務上の費用として認められず、課税所得に加算されることになります。
3.消費税の免税期間に与える影響
消費税の免税事業者判定は、基準期間(原則として前々事業年度)の課税売上高などで行います。事業年度を変更し、その結果として事業年度の期間が短くなった場合、以下の点に影響が出る可能性があります。
・基準期間の判定: 基準期間の期間自体が変わるため、免税判定に影響を及ぼす可能性があります。
・特定期間の判定: 簡易課税制度の適用や、特定期間(原則として前事業年度開始の日以後6ヶ月の期間)の売上による納税義務の判定にも影響します。
この点は複雑なため、必ず事前に税理士に相談し、免税期間の継続や納税額への影響を確認してください。
個人事業主の法人化(法人成り)
個人事業主が法人化(法人成り)する場合の事業年度の決定には、十分な検討が必要です。
個人事業主の事業年度
個人事業主の事業年度は、原則として1月1日から12月31日までの暦年と定められており、法人のように自由に選択することはできません。
これは、所得税法において、個人の所得計算期間が暦年と定められているためです。したがって、個人事業主は毎年12月31日を決算日とし、翌年の2月16日から3月15日までに確定申告を行うことになります。
法人成りの検討と事業年度
個人事業主が事業を法人化(法人成り)する際、法人の事業年度をいつにするかは、最初の重要な経営判断の一つとなります。
法人成りを機に、個人事業主時代は避けられなかった12月(年末調整、繁忙期)や1~3月(確定申告時期)の忙しさと決算業務が重なるのを避けるため、あえて12月決算を避け、閑散期を決算月に設定するケースが多く見受けられます。
この選択一つで、毎年の決算業務の負担や資金繰りのタイミングが大きく変わるため、税理士にご相談いただき、事業の特性に最も合った決算月を慎重に選ぶことをお勧めいたします。
まとめ
「事業年度」は、会社の経営成績を測る物差しであり、すべての税務手続きの出発点となる極めて重要な概念です。その決定や変更は、単なる事務手続きではなく、経営戦略の一部として捉えるべきものです。
事業年度の設定や変更によって、決算業務の負担軽減や納税資金の計画的な準備といった大きなメリットを得ることもできるので、様々な点を考慮して事業年度を決定しましょう。
