近年、税務を取り巻く環境は大きく変化しています。特に「領収書の保存」に関しては、電子帳簿保存法やインボイス制度の開始により、これまで以上に正確で適切な管理が求められるようになりました。
「紙で保管していれば問題ないと思っていた」
「電子データは印刷して保存している」
「インボイス制度が始まってから、何を残せばいいのかわからない」
このようなお悩みをお持ちの方も多いのではないでしょうか。
本記事では、領収書保存の基本を押さえたうえで、電子帳簿保存法とインボイス制度の関係性、実務上の注意点について、わかりやすく解説します。
領収書の保存
領収書とは、金銭の支払いが行われた事実を証明する書類です。 税務上は「帳簿の記録を補完する証拠書類」として扱われ、経費の妥当性・支出の事実・税務調査での説明に不可欠です。
領収書保存の重要性
そもそも、なぜこれほどまでに領収書の保存が厳格に求められるのでしょうか。理由は大きく分けて3つあります。
① 経費の正当性を証明するため
税務調査において、経費として計上した金額が本当に事業に関連するものかどうかを判断するのは調査官です。その際、客観的な証拠となるのが領収書です。領収書がない場合、「架空の経費ではないか」という疑念を晴らすことが難しくなります。
② 消費税の仕入税額控除を受けるため
消費税の納税額を計算する際、売上で預かった消費税から、仕入れや経費で支払った消費税を差し引くこと(仕入税額控除)ができます。この控除を受けるためには、一定の事項が記載された帳簿および請求書・領収書等の保存が法律で義務付けられています。
2023年10月に導入された「インボイス制度」以降、仕入税額を受けるためには「適格請求書(インボイス)」としての要件を満たした領収書の保存が絶対条件となりました。ルールに従った保存がない場合、消費税の納税額が大幅に増えてしまうリスクがあるのです。
③ 会社のガバナンス(不正防止)
社内的な視点では、領収書の提出をルール化することで、従業員による経費の水増し請求や、私的流用を防ぐ効果があります。
領収書の保存期間
まず、基本となる保存期間について、法律ごとの違いも含めて深掘りします。
1.法人税法上のルール:原則7年、最大10年
法人税法に基づき、帳簿書類の保存期間は「7年間」です。
・起算点: その事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から数えます。
・例外(10年): 青色申告書を提出した事業年度に欠損金(赤字)が生じた場合、または災害損失欠損金がある場合は、その損失を将来にわたって繰り越すために、最長10年間の保存が必要です。
法人税の申告期限が2025年5月31日だった場合、領収書の保管期間は原則では2032年5月31日、欠損金が生じている場合は2035年5月31日になります。
2.所得税法(個人事業主)のルール
個人事業主の場合、申告区分によって細かく分かれています。
・青色申告: 7年(ただし、前々年分の所得が300万円以下の場合は5年)
・白色申告: 5年(ただし、消費税の課税事業者は消費税法の観点から7年が必要)
3.会社法上の保存期間
会社法第432条では会計帳簿およびその事業に関する重要な資料の保存期間を10年間と定めています。税法上は原則7年ですが、会社法の方がより長く設定されているため、実務上は会社法に合わせて10年間保存するのが一般的です。
領収書の保存方法
現在は、大きく分けて「紙のまま保存する方法」と「デジタル(データ)で保存する方法」の2パターンがありますが、「どちらで受け取ったか」によってルールが異なります。
1.「紙」で受け取った領収書の保存方法
お店で手渡しされた領収書やレシートは、以下の2つのいずれかで保存します。
① 紙のままファイリングする(従来どおり)
もっとも確実で、多くの事業者が行っている方法です。
・整理のコツ: 月ごとや費目ごとに、封筒やクリアファイルなどにまとめたり、ノートに貼り付けたりするのが一般的な保管方法です。枚数が多い場合は、A4用紙に重ならないように貼り付けて「スクラップブック」形式にすると、あとで確認する場合も探しやすくなります。
・注意点: 感熱紙のレシートは光や熱に弱く、文字が消えることがあります。保存方法に注意が必要です。
② スキャナ保存する(ペーパーレス化)
スマホのカメラやスキャナで読み取り、データとして保存する方法です。
・メリット: 解像度やタイムスタンプ等の一定のルールを守れば、元の紙の領収書は捨ててOKです。
・注意点: 適当に写真を撮るだけでは不十分で、修正・削除履歴が残るシステム(クラウド会計ソフトなど)を利用するのが一般的です。
2.「データ」で受け取った領収書の保存方法
Amazonでの購入、メール添付のPDF、スマホ決済の利用明細などがこれに該当します。
2024年1月から電子帳簿保存法が完全実施され、電子的に受け取った領収書は、データのまま保存することが義務化されました。
電子帳簿保存法
2024年1月より完全義務化された電子帳簿保存法ですが、特に「電子取引」の保存義務は、すべての経営者が避けて通れない課題です。
電子取引データのデータ保存
電子帳簿保存法は、大きく分けて以下の3つの柱で構成されています。
1.電子取引データ保存【義務化】
これが最も重要です。「電子的に受け取った領収書や請求書は、データのまま保存しなければならない」というルールです。
・対象となるもの: Amazon等のネット通販の領収書、メール添付のPDF請求書、スマホ決済の利用明細、電子契約書など。
・以前との違い: これまではPDFを印刷して紙で保存しておけばOKでしたが、現在は紙での保存は原則不可となりました。
2.スキャナ保存【任意】
紙で受け取った領収書や請求書を、スマホのカメラやスキャナでデータ化して保存する制度です。2021年までの電子帳簿保存法では、事前に税務署長の承認を受ける必要がありましたが、2022年1月1日以後は事前承認が不要となり、任意のタイミングで始めることができるようになりました。
・メリット: 一定の要件を満たしてデータ化すれば、元の紙の領収書を破棄できます。保管スペースの削減や、経理業務の効率化、ペーパーレス化を進めたい企業には適した制度です。
・要件: 解像度(200dpi以上)やカラー保存、タイムスタンプの付与(または修正履歴が残るシステムの使用)などが必要です。
3.電子帳簿保存【任意】のもの
会計ソフト等で作成した帳簿(仕訳帳や総勘定元帳)を、紙に印刷せずデータのまま保存することです。
電子取引データ保存の要件
「電子データで保存すればいい」といっても、適当にフォルダに放り込むだけでは不十分です。法律では以下の2つの要件を満たすことが求められています。
要件1:真実性の確保(改ざんを防ぐ)
そのデータが後から修正・削除されていないことを証明する必要があります。具体的には以下のいずれかの対応が必要です。
①タイムスタンプが付与されたデータを受け取る、または付与する。
②データの修正・削除履歴が残るまたは禁止されたシステム(クラウド会計など)で保存する。
③「不当な訂正削除の防止に関する事務処理規程」を作成し、それに沿って運用する。
※専用システムを導入できない中小企業や個人事業主の方は、この「規程」を作成して備え付ける方法が最も現実的です。
要件2:可視性の確保(すぐに検索できるようにする)
税務調査官が「〇月〇日の〇〇円の領収書を見せてください」と言ったときに、即座に提示できる状態にしなければなりません。
①検索機能の確保: 「日付」「金額」「取引先」の3項目で検索できるようにします。そのための方法は以下のとおりです。
・専用の管理システムを使う。
・ファイル名を「20251225_11000_株式会社〇〇」のように規則的にリネームしてフォルダ管理する。
・Excel等で索引簿を作成し、ファイルと紐付ける。
②ディスプレイ・説明書の備え付け: 事務所で画面をすぐに確認できる状態にしておくこと。
インボイス制度
2023年10月から始まったインボイス制度により、領収書に記載されている項目が、これまで以上に重要視されるようになりました。
適格請求書(インボイス)の記載事項
インボイス制度とは、消費税の複数税率に対応した仕入税額控除の方式であり、買手は適格請求書発行事業者が発行する 適格請求書(インボイス) を入手し保存しなければ、 仕入税額控除ができなくなります。
領収書もインボイスの一種です。 そのため、領収書に次の記載が必要になります。
・インボイスの交付先である相手方の氏名または名称
・売り手(自社)の氏名または名称および登録番号
・取引年月日
・取引内容(軽減税率の対象品目である旨)
・10%・8%それぞれの対象となる対価の総額および適用税率
・10%・8%それぞれの消費税額等
登録番号の確認
領収書を受け取ったら「T1234567890123」のような番号(T+13桁の数字)があるかの確認が必要です。この番号が「適格請求書発行事業者」の証です。登録番号がない領収書は、原則として消費税の控除ができません。つまり、支払った消費税分を自分の納税額から差し引けないため、自社の税負担が増えることになります。
ただし、経過措置により2026年9月までは支払った消費税の80%、2029年9月までは50%を控除することができますが、徐々に負担は増えていきます。
簡易インボイス
不特定多数の者に対して販売等を行う小売業、飲食店業、タクシー業などでは、インボイスに代えて、簡易インボイスを交付することができます。簡易インボイスにおいては、「宛名なし」のレシートでも、必要項目(発行事業者名、登録番号、取引年月日、税率ごとの区分した対価の額、税率ごとに区分した消費税額等または適用税率)が揃っていれば、インボイスとして認められます。インボイス制度の導入前までは、3万円未満の取引は、領収書がなくても帳簿への記載だけで仕入税額控除が認められていましたが、インボイス制度導入後は、3万円未満の取引であっても、公共交通機関などの例外を除き、原則として領収書の保存が必須となった点に注意が必要です。
ただし、2023年10月1日から2029年9月30日までの経過措置として、1万円未満の取引については、インボイスの保存がなくても、帳簿への記載のみで仕入税額控除が認められる「少額特例」があります。この特例は、基準期間における課税売上高が1億円以下または前事業年度の開始から6カ月間の課税売上高が5,000万円以下の事業者が対象です。これは実務負担を大きく軽減するルールですので、自社が対象かどうかは税理士に確認しましょう。
領収書管理の注意点
税務調査で指摘を受けることのないよう、領収書管理における注意点を挙げていきます。
レシートと領収書、どちらをもらう?
意外かもしれませんが、実務上は手書きの領収書よりも、レジから出るレシートの方が証拠能力が高いとされるケースが多いです。
・レシートのメリット: 購入した商品一点一点の明細、日時、レジ番号などが詳細に記録されており、改ざんの余地が少ない。
・領収書のデメリット: 「お品代」とまとめられがちで、内容が不透明。また、手書きのため書き損じや不正の疑いを持たれやすい。
「レシートは感熱紙だから消えてしまう」という心配もありますが、直射日光や高温多湿な場所を避けたり、印字面を内側に折りたたむなど、適切な環境で保存することで長持ちさせることは可能です。不安な場合は、コピーを取るか、スキャナ保存を検討しましょう。コピーを取った場合は、元のレシートと一緒に保管しておくと安心です。
宛名が「上様」の領収書
インボイス制度下では、簡易インボイスであれば宛名不要ですが、それ以外の高額な備品購入やコンサルティング契約等において「上様」とするのは極めて危険です。税務調査において「本当に自社の経費か?」という疑義を生じさせる原因になります。必ず正式な社名を記載してもらう習慣をつけましょう。
クレジットカードの利用明細
多くの経営者が「カード明細があるから領収書は捨てていい」と誤解しています。しかし、クレジットカードの利用明細書は、通常、インボイスの要件を満たしません。なぜなら、軽減税率の対象かどうか、登録事業者かどうかといった詳細な取引内容が記載されていないからです。必ず店舗から発行される領収書やレシートをセットで保管してください。
領収書を紛失した場合
まずは再発行を依頼してみましょう。再発行できなかった場合は、出金伝票を作成し、証拠能力を補強してください。 紛失した場合、以下の情報を記載した出金伝票を作成します。
・支払日
・支払先
・金額
具体的な内容 合わせて、メールのやり取りや銀行の振込履歴、イベントのパンフレットなど、「その支払いが確かに存在した」ことを示す客観的な資料を添えておくことで、税務調査での否認リスクを下げることができます。
まとめ
領収書の保存は、一見すると地味で面倒な作業です。しかし、正しく管理しておくことで、将来の税務調査という大きなリスクから会社を守ることができます。
また、電子帳簿保存法への対応は、単なる法令遵守だけでなく、経理業務のペーパーレス化・効率化を進める絶好のチャンスでもあります。これを機に、自社のフローを見直してみてはいかがでしょうか。
