個人事業を始めたときに提出する書類が開業届であり、対象となる所得は事業所得、不動産所得、山林所得の3つです。今回は、開業届の記載内容、メリットや注意点、開業届の他に必要に応じて提出する届出書について解説します。
開業届
個人が新たに事業を開始した場合、納税地の所轄税務署長へ開業届を提出します。
「個人事業の開業・廃業等届出書」
国内において新たに不動産所得、事業所得、山林所得を生ずべき事業開始した場合には、納税地の所轄税務署長に「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出します。この届出書は、事業の開始日から1カ月以内に、納税地を所轄する税務署長に提出しなければなりません(所得税法第229条)。開業届に記載する事項は以下のとおりです。
①提出先・提出日
②納税地
・主な納税地
納税地は一般的には住所地になります。つまり、国内に住所がある人は、その住所地が納税地になります。住所とは、生活の本拠のことであり、生活の本拠であるかどうかは客観的事実により判定されます。
国内に住所がなくて居所がある人は、その居所地が納税地になります。一般的に居所とは、相当期間継続して居住しているものの、その場所との結びつきが住所ほど密接でないもの、すなわち、そこがその者の生活の本拠であるというまでに至らない場所をいうものとされています。
・納税地の特例
国内に住所のほかに居所がある人は、住所地に代えて居所地を納税地とすることができます。
国内に住所または居所のいずれかがある人が、その住所または居所の他に事業所などがある場合には、住所地等に代えてその事業所などの所在地を納税地にすることができます。
納税地の特例により納税地の変更を行う場合は、変更後の納税地を記載した所得税または消費税の申告書を提出することにより変更することができます。ただし、年の途中で納税地の変更がある場合で、国税当局からの各種文書の送付先を変更後の納税地とする意思があるときは、「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」を提出することができます。
③上記以外の住所地・事業所等
納税地以外に住所地・事業所等がある場合に記載します。
④氏名
⑤生年月日
⑥個人番号(マイナンバー)
マイナンバーは提出用のみ記入し、控えには記載しません。マイナンバーが不明な場合の確認方法は以下のとおりです。
・平成27年10月から12月に送付された通知カードで確認する
・マイナンバーが記載された住民票の写し、または住民票記載事項証明書を取得する
・マイナンバーカードを取得する
⑦職業
具体的な職種を記入します。
⑧屋号
屋号とは、個人事業主が事業を行う上で使用する名称です。必須事項ではないので、屋号がない場合は空欄で構いません。
⑨届出の区分
新規開業の場合は開業にチェックのみとなります。事業を引き継いだ場合には、受けた先の住所および氏名を記載します。
⑩所得の種類
不動産所得・山林所得・事業所得のうち、新たに開始した事業に該当する所得をチェックします。
⑪開業日
開業日に明確な決まりはないため、店舗をオープンした日や事務所を契約した日など、ある程度柔軟に決めることができます。ただし、開業届の提出期限は事業を開始した日から1カ月以内と規定されているので、提出日の1カ月前までの日付の記載が望ましいでしょう。
⑫事務所等を新増設、移転、廃止した場合/廃業の事由が法人の設立に伴うものである場合
開業の場合は記載不要です。
⑬開業・廃業に伴う届出書の提出の有無
・青色申告承認申請書の提出の有無
・消費税に関する「課税事業者選択届出書」の提出の有無
開業届と併せて上記書類を提出する際は、「有」にチェックします。
⑭事業の概要
職業欄に記載した内容について、できるだけ具体的に記載します。
⑮給与等の支払の状況
届出日現在における給与の支給人員と給与等の支払の状況およびそれらの状況からみて源泉徴収をすべき税額があるかどうかを記載します。
また、「給与の定め方」の項には日給・月給等の区分を記載し、「税額の有無」の項には、各人ごとの給与額および扶養親族等の状況等からみて納税すべき税額があるかどうかを判断し、その区分の全員について納付すべき税額がないと認められる場合は「無」を、その他の場合は「有」をチェックします。
⑯源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書の提出の有無
申請書を提出する場合には「有」にチェックします。
⑰給与支払を開始する年月日
給与等の支払を開始する日(届出日現在において既に給与等の支払をした場合にはその開始した日)を記載します。
開業届を提出するメリットと注意点
開業届を提出することで、以下のメリットを受けることができます。
①屋号名義の銀行口座が開設できる
開業届に記載した屋号を名義とした銀行口座を開設することができます。個人名義の口座を事業用として使用することも可能ですが、取引時に使用する口座名が屋号である場合、事業用の口座であることが明確になり、取引先からの信用を得やすくなります。また、事業用とプライベート用の銀行口座を分けることにより、会計処理や資金管理も行いやすくなります。
②事業を行っている証明になる
開業届は、個人事業を営んでいることの証明書となり、融資の申込や店舗やオフィスの賃貸契約時など、開業届の控えを求められることがあります。また、個人事業主や小規模企業の経営者の退職金制度である小規模企業共済に加入する際には確定申告書の控えの提出が必要ですが、事業を始めたばかりで確定申告書がない場合は、開業届の控えの提出が求められます。
③補助金や助成金を申請できる
国や自治体による公的な支援制度(補助金・助成金など)の申込の際に、開業届の写しの提出を求められることがあります。
一方、開業届を提出することにより注意すべき事項は以下のとおりです。
①失業手当を受給できない
雇用保険の失業手当を受け取っている場合、開業届を提出することにより失業手当を受給できなくなります。開業届は事業を開始した人が提出する届出書であるため求職者ではなくなったとみなされ、求職者に対して支給する失業手当の要件から外れることになります。
②社会保険の扶養から外れる場合がある
家族や配偶者が加入する社会保険の被扶養者になっている場合、被扶養者の資格要件は健康保険組合ごとに決められているため、個人事業者になることで被扶養者の範囲から外れてしまうことがあります。社会保険の扶養から外れると、国民年金と国民健康保険を負担しなければなりません。
その他の提出書類
事業を開始した場合において、開業届の他に必要に応じて提出する書類がいくつかあります。代表的なものについて解説します。
所得税の青色申告承認申請書
所得税の青色申告の承認を受けようとする場合に提出する書類であり、適用されるのは、不動産所得・事業所得・山林所得です。提出期限は、最初に青色申告をしようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後に新たに事業を開始した場合は、その事業開始等の日から2カ月以内)と規定されています。
青色申告の承認を受けた個人事業者が得られるメリットは以下のとおりです。
①青色申告特別控除
所得金額から55万円(一定の要件を満たす場合は65万円)または10万円を控除することができます。
55万円の青色申告特別控除を受けるための要件は以下のとおりです。
・不動産所得または事業所得を生ずべき事業を営んでいること
・これらの所得に係る取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)により記帳していること
・上記の記帳に基づいて作成した貸借対照表および損益計算書を確定申告書に添付し、この控除の適用を受ける金額を記載して、その年の確定申告期限(翌年3月15日)までに当該申告書を提出すること
上記要件に加え以下のいずれかの要件に該当している場合は、65万円の青色申告特別控除が適用されます。
・その年分の事業に係る仕訳帳および総勘定元帳について、電子帳簿保存を行っていること
・その年分の所得税の確定申告書、貸借対照表および損益計算書の提出を、確定申告書の提出期限までにe–Tax(国税電子申告・納税システム)を使用して行うこと
上記要件に該当しない場合は、10万円の青色申告特別控除が適用されます。
②青色事業専従者給与
青色申告者と生計を一にしている配偶者やその他の親族に支払った給与のうち、事前に提出された届出書に記載された金額の範囲内で専従者の労務の対価として適正な金額は、必要経費に算入することができます。
③貸倒引当金
事業所得を生ずべき事業を営む青色申告者で、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金などの貸金の貸倒れによる損失の見込額として、年末における貸金の帳簿価額の合計額の5.5%以下の金額を貸倒引当金に繰り入れたときは、その金額は必要経費として認められます。ただし、金融業の場合は3.3%になります(一括評価)。
なお、貸金のうち、貸倒れその他これに類する一定の事由による損失の見込額については、それぞれの事由に応じた限度額までを、貸倒引当金勘定に繰り入れることができますが(個別評価)、その際必要経費に算入された金額の計算の基礎となった貸金は一括評価を行う帳簿価額の合計額から除かれます。
④純損失の繰越と繰戻し
・純損失の繰越し
事業所得などに損失(赤字)の金額がある場合で、損益通算の規定を適用してもなお控除しきれない部分の金額(純損失の金額)が生じたときには、その損失額を翌年以後3年間にわたって繰り越して、各年分の所得金額から控除します。
・純損失の繰戻し
前年も青色申告をしている場合は、純損失の繰越しに代えて、その損失額を生じた年の前年分の所得金額に繰り戻して控除し、前年分の所得税額の還付を受けることもできます。
青色事業専従者給与に関する届出書
納税者と生計を一にしている配偶者その他の親族が納税者の経営する事業に従事している場合、納税者がこれらの人に給与を支払うことがあります。これらの給与は原則として必要経費にはなりませんが、次のような特別の取り扱いが認められています。
(1)青色申告者に係る「青色事業専従者給与」
青色申告の場合、生計を一にする配偶者やその他の親族(15歳未満は除く)で、専らその事業に従事している人に給与を支払っている場合、その支払った金額のうち、相当であると認められる金額を必要経費とすることができます。
(2)白色申告者に係る「事業専従者控除額」
白色申告の場合、生計を一にする配偶者やその他の親族に支払った給与等を必要経費に算入することができませんが、これらの方が専ら事業に従事している場合には、事業専従者控除として、配偶者は最高86万円、15歳以上のその他の親族は最高50万円を必要経費とすることができます。
青色事業専従者として認められる要件は以下のとおりです。
①青色事業専従者に支払われた給与であること
青色事業専従者とは以下の要件のいずれにも該当する人です。
・青色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族であること
・その年の12月31日現在で年齢が15歳以上であること
・その年を通じて6か月を超える期間(一定の場合には事業に従事することができる期間の2分の1を超える期間)、その青色申告者の営む事業に専ら従事していること
②「青色事業専従者給与に関する届出書」を納税地の所轄税務署長に提出していること
提出期限は、青色事業専従者給与額を必要経費に算入しようとする年の3月15日(その年の1月16日以後、新たに事業を開始した場合や新たに事業専従者がいることになった場合には、その開始した日や専従者がいることとなった日から2カ月以内)までです。この届出書には、青色事業専従者の氏名、職務の内容、給与の金額、支給期などを記載することになっています。
③届出書に記載されている方法により支払われ、かつ、その記載されている金額の範囲内で支払われたものであること
④青色事業専従者給与の額は、労務の対価として相当であると認められる金額であること
なお、過大とされる部分は必要経費となりません。
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書
源泉所得税は、原則として徴収した日の翌月10日が納期限となっていますが、給与の支給人員が常時10人未満である源泉徴収義務者は、給与や退職手当、税理士等の報酬・料金について源泉徴収をした所得税および復興特別所得税について、1~6月分を7月10日まで、7~12月分を翌年1月20日までの年2回にまとめて納付することができます。この適用を受けるためには「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を給与支払事務所等の所在地の所轄税務署長に提出しなければなりません。提出時期は定められていませんが、原則として提出した日の翌月に支払う給与から適用されます。
まとめ
個人事業を開始した場合、開業届等の届出書を提出することで税務上のメリットを受けることができます。届出書には提出期限が決められているので、期限に遅れることなく提出できるよう、余裕をもって提出書類を準備しましょう。