なぜ今、自社株買いが注目されるのか?
「自社株買い」という言葉を、経済ニュースやビジネス誌で頻繁に見かけるようになりました。企業の経営者の方であれば、「自社の株を買い戻す」という行為が、何かしら重要な意味を持つことはお察しいただけるでしょう。しかし、具体的にどのような目的で行われ、どのようなメリット・デメリットがあるのか、そして、自分の会社にとってはどうなのか、と疑問に思っている方も少なくないはずです。
特に、非上場企業の場合、「自社の株を買い戻す」という行為は、一見すると無関係のように感じられるかもしれません。しかし、実は事業承継や経営の安定化、さらには相続税対策として、非常に有効な手段となり得ます。
本稿では、「自社株買い」の基本的な仕組みから、上場企業と非上場企業それぞれのケース、そしてメリット・デメリット、さらには税務上の注意点まで、徹底的に解説します。この記事を最後までお読みいただくことで、自社株買いに対する理解が深まり、経営戦略の新たな選択肢としてご検討いただけるようになるでしょう。
自社株買いの概要と基本的な仕組み
自社株買いとは何か?
自社株買い(自己株式の取得)とは、会社が自ら発行した株式を、市場や特定の株主から買い戻す行為のことです。買い戻した株式は、自己株式として会社が保有するか、消却(=帳簿上から消し去ること)されます。
この行為は、単に「お金を使って株を買う」という単純な取引ではありません。市場に流通する株式の総数を減らすことで、1株あたりの価値を向上させたり、株主への利益還元を行ったり、経営権を安定させたりするなど、様々な経営上の目的を達成するために行われます。
なぜ会社は自社の株を買い戻すのか?
自社株買いの主な目的は、大きく分けて以下の3つです。
①株価の安定・向上:
市場で自社の株を買い戻すことで、需要が増加し、株価の押し上げ要因となります。また、発行済み株式数が減ることで、1株あたりの利益(EPS:Earnings Per Share)や自己資本利益率(ROE:Return on Equity)などの経営指標が改善し、投資家からの評価が高まり、結果として株価が安定・向上します。
②株主還元:
会社に余剰資金がある場合、その資金を株主へ還元する方法として、配当金と並び、自社株買いが有力な選択肢となります。配当金は株主にとって課税対象となりますが、自社株買いによる株価上昇は、株式を売却しない限り課税されません。そのため、税負担を考慮した株主還元策としても注目されています。
③経営戦略の推進:
敵対的買収への対抗策として、発行済み株式数を減らして買収者の持株比率上昇を難しくしたり、ストックオプション制度の原資として活用したりするなど、経営上の様々な戦略を推進するために行われます。
上場企業における自社株買い
上場企業の場合、自社株買いは主に株価対策や資本効率の改善を目的として行われます。
実施方法:
上場企業が自社株買いを行う場合、原則として株主総会での決議が必要です。決議では、買い付けの総額や期間、上限株数などを定めます。実際の買い付けは、証券取引所の市場を通じて行われるのが一般的です。
投資家への影響:
自社株買いは、株価上昇への期待から投資家にとってポジティブなニュースと受け止められることが多いです。しかし、会社が自社株買いに資金を投じることで、将来の成長投資が抑制されるのではないか、という懸念から、必ずしも好意的に受け止められるわけではありません。
情報開示の義務:
上場企業は、自社株買いに関する情報を適時に開示する義務があります。これは、投資家の公平性を保つためです。
非上場企業における自社株買い
非上場企業の場合、自社株買いは上場企業とは異なる、より経営の根幹に関わる目的で行われることがほとんどです。
実施目的:
1.事業承継:
後継者への株式集約を円滑に進めるため、現経営者や親族が保有する株式を会社が買い取るケースです。
2.退職する役員・株主からの株式買い取り:
会社を退職する役員や、事業に関わらなくなった株主から株式を買い取り、株式の分散を防ぎ、経営の安定化を図ります。
3.株式評価額の引き下げ:
自社株買いによって発行済み株式数を減らすことで、1株あたりの価値を上げる一方、現金が減るため企業全体の評価額を下げる効果があります。これにより、将来の相続や贈与の際の株式評価額が下がり、相続税や贈与税の負担を軽減する効果が期待できます。
4.支配権の安定:
特定の株主の持株比率が過半数を超えないようにするために、会社が株式を買い取ることもあります。
実施方法:
非上場企業が自社株買いを行う場合、会社法に基づき、株主総会の決議が必要となります。また、買い取り価格は市場価格がないため、会社の純資産や将来の収益性などを考慮し、当事者間で合意のもと決定されます。この価格設定が不公平だと、他の株主との間にトラブルが生じる可能性があるため、注意が必要です。
自社株買いのメリットとデメリット
自社株買いのメリットとデメリットについて、上場・非上場企業に共通する点と、それぞれに固有の点を分けて解説します。
自社株買いのメリット
上場・非上場共通のメリット
資本効率の改善:会社が手元に持つ余剰現金を有効活用することで、資本コストを改善し、効率的な経営を実現できます。
①株主還元策の多様化:
配当金の支払いが困難な場合でも、自社株買いを通じて株主への利益還元ができます。
②ストックオプションの原資:
買い戻した株式を自己株式として保有しておけば、将来の役員や従業員へのストックオプション(自社株購入権)として活用できます。
上場企業に特有のメリット
①1株あたりの指標改善:
EPS(1株あたり利益)やROE(自己資本利益率)などの経営指標が改善し、投資家からの評価が高まりやすくなります。
②株価の安定・上昇:
自社株買いは市場での需要を高め、株価を安定させたり、上昇させたりする効果があります。
非上場企業に特有のメリット
①円滑な事業承継:
後継者への株式集約をスムーズに行うことができ、事業承継を成功に導く重要な手段となります。
②相続税・贈与税対策:
株式の評価額を下げることで、将来の相続や贈与にかかる税負担を軽減できる可能性があります。
③経営権の安定化:
株式が外部に分散することを防ぎ、安定した経営基盤を築くことができます。
自社株買いのデメリット
上場・非上場共通のデメリット
①資金流出による財務状況の悪化:
自社株買いには会社の資金が必要なため、手元資金が減少し、将来の事業投資や予期せぬ事態への対応力が低下するリスクがあります。
②配当金の減少:
自社株買いに資金を投じることで、配当金として株主に還元できる金額が減る可能性があります。
③特定の株主への利益集中:
非公開企業の場合、特定の株主から高値で株式を買い取ると、他の株主との間に不公平感が生まれ、トラブルに発展する可能性があります。
上場企業に特有のデメリット
①期待外れによる株価下落:
自社株買いの発表後、期待されたほど株価に効果が出なかった場合、かえって投資家の失望を招き、株価が下落するリスクがあります。
②株価操作と見なされるリスク:
自社株買いが株価を意図的に操作していると見なされると、投資家からの信頼を損なう可能性があります。
非上場企業に特有のデメリット
①買い取り価格の公平性:
非上場企業の場合、客観的な市場価格がないため、買い取り価格の決定が難しくなります。恣意的な価格設定は、他の株主から訴訟を起こされるリスクもはらんでいます。
②手続きの複雑さ:
非上場企業の場合、買い取り価格の決定や法的な手続きが複雑で、専門的な知識が不可欠です。
自社株買いと税務上の注意点
自社株買いは、税務上も重要な論点を含んでいます。ここでは、特に注意すべき点を解説します。
会社側の税務
会社が株主から自社株を買い取る際、税務上は単なる資産の移動として扱われるわけではありません。特に、買い取りの対価として支払った金額が、その株式の「資本金等の額」を超える場合、その超過部分は株主への「利益の配当」とみなされます。これをみなし配当といいます。
具体的には、買い取り対価から、その株式に対応する資本金等の額(=取得した株式数 × 1株あたりの資本金等の額)を差し引いた金額が、みなし配当となります。
このみなし配当は、会社にとっては損金(費用)として認められません。
例えば、資本金等の額が1株あたり500円の株式を、会社が1,000円で買い取ったとします。この場合、差額の500円(1,000円 - 500円)がみなし配当となります。この500円は、株主への配当金の支払いに相当すると考えられるため、法人税の計算上、損金として計上することはできません。
これは、株主への利益還元は会社の費用ではなく、利益の分配であるという考え方に基づくものです。したがって、自社株買いを行う際には、このみなし配当の損金不算入という税務上の取り扱いを事前に理解し、資金計画や財務戦略に織り込んでおくことが非常に重要となります。
株主側の税務
株主が自社株を会社に売却した場合、その売却益は、原則として譲渡所得として課税されます。しかし、買い取り価格が適正な価格(時価)を大きく超える場合や、買い取りの経緯によっては、みなし配当として課税される可能性もあります。
譲渡所得として課税される場合:
株主が自社株を会社に売却した場合、原則として、その売却によって生じた利益は譲渡所得として課税されます。譲渡所得の金額は、以下の計算式で求められます。
譲渡所得の金額 = 売却価格 - (取得費 + 売却に要した費用)
ここでいう「取得費」とは、株主がその株式を取得した際にかかった費用(購入代金など)を指します。また、「売却に要した費用」には、証券会社の手数料などが含まれます。
この計算で算出された譲渡所得に対して、所得税(15%)と住民税(5%)の合計20%(他に復興特別所得税0.315%)の税率が適用されます。この税率は、他の所得と合算せずに計算する申告分離課税という方式で課税されるのが一般的です。これにより、株主は売却益に応じた税金を支払うことになります。
みなし配当として課税される場合:
株主が自社株を会社に売却した際、売却対価のうち、その株式の「資本金等の額」を超える部分がみなし配当と認定されることがあります。このみなし配当は、税法上、通常の配当金と同じ配当所得として扱われます。
配当所得は、原則として給与所得や事業所得などと合算して税率を計算する総合課税の対象となります。所得税率は所得に応じて5%から45%まで変動する累進課税のため、譲渡所得(一律20.315%)よりも高い税率が適用される可能性があります。
このように、自社株の買い取りでは、1回の取引で「みなし配当」と「譲渡所得」の2つの課税対象が発生する可能性があるため、注意が必要です。
特に非上場企業の場合、客観的な市場価格がないため、買い取り価格の算定方法によって税務上の取り扱いが大きく変わる可能性があります。税務調査で問題とならないよう、事前に専門家である税理士に相談し、適切な評価方法に基づいた価格設定を行うことが不可欠です。
自社株買いを成功させるためのポイント
自社株買いは、企業の経営にとって非常に重要な決断です。成功させるためには、以下のポイントを押さえておくことが重要です。
目的の明確化:
なぜ自社株買いを行うのか、その目的を明確にしましょう。株主還元なのか、事業承継なのか、それとも経営安定化なのかによって、最適な実行方法や買い取り価格の算定方法が変わってきます。
資金計画の策定:
自社株買いには会社の資金が必要です。将来の事業投資や運転資金に影響が出ないよう、慎重な資金計画を立てましょう。
株主との対話:
特に非上場企業の場合、買い取り価格や買い取りの経緯について、事前に株主と十分に話し合い、合意を得ておくことが大切です。不公平感を生むと、将来のトラブルにつながりかねません。
専門家への相談:
自社株買いは、会社法、税法、会計など、様々な法律や制度が複雑に絡み合います。特に非上場企業の場合、適切な価格算定や手続きは非常に専門的です。安易な判断は、税務調査での指摘や、株主との訴訟問題に発展するリスクがあります。税理士や弁護士といった専門家の協力を得ることで、リスクを回避し、円滑な実施が可能となります。
まとめ
自社株買いは、上場・非上場を問わず、会社の経営戦略や株主還元、さらには事業承継など、様々な目的で活用できる非常に強力な手段です。しかし、その実施には、資金繰りや株主間の公平性、法的な手続き、そして税務上の注意点など、慎重に検討すべき点が多々あります。
特に、中小企業の経営者の皆様にとって、自社株買いは事業承継や相続税対策として有効な選択肢となり得ます。しかし、市場価格がない非上場株式の評価は専門的な知識を要するため、独断で進めるのは非常に危険です。
当事務所では、お客様の会社の状況や目的に応じた最適な自社株買いのプランニングから、株価の算定、税務上のアドバイス、そして必要な手続きのサポートまで、一貫してご支援しています。自社株買いについて少しでもご興味をお持ちでしたら、まずは一度ご相談ください。お客様の会社の未来を共に考え、最適な解決策をご提案させていただきます。