「一般社団法人」と聞くと、なんだか難しそう、NPOと何が違うの?と感じる方も多いのではないでしょうか。最近、地域貢献や社会的な課題解決など、事業の多様化に伴い、この一般社団法人を設立するケースが増えてきています。
しかし、いざ設立・運営を始めようとすると、「自分たちにも給料って払えるの?」「利益が出たらどうなるの?」といった疑問に直面することがよくあります。
そこで今回は、そんな一般社団法人を運営する上で、避けては通れない「給与」のルールについて解説していきます。
一般社団法人とは
一般社団法人の給与を理解する上で、まずは一般社団法人の基本的な性質を理解しておきましょう。
目的と特徴
一般社団法人とは、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(平成20年12月1日施行)に基づいて設立される法人で、非営利法人に分類されます。ただし、これは「利益を上げてはいけない」という意味ではなく、法律上「剰余金の分配を目的としない」と定められているものです。
非営利とは?
・活動を通じて得た利益を、社員や役員に分配することはできません。
・得られた利益は、法人の活動目的を達成するための費用や、次期事業への投資に充てなければなりません。
営利事業はできる?
・はい、できます。収益事業を積極的に行い、その利益を法人の活動に充てることも可能です。
・この点が、収益事業が厳しく制限されるNPO法人などとの大きな違いです。
一般社団法人は、事業内容に制限がなく、登記のみで設立できるため、NPO法人に比べて設立手続きが非常に簡便であるというメリットがあります。
株式会社との違い
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一般社団法人 |
株式会社 |
設立目的 |
剰余金の分配を目的としない |
利益の獲得と分配を目的とする |
構成員 |
社員(議決権を持つ) |
株主(議決権と配当請求権を持つ |
役員 |
理事、監事など |
取締役、監査役など |
利益の扱い |
事業に再投資 |
株主へ配当として分配できる |
設立方法 |
登記のみ(最低2名必要) |
登記のみ(最低1名で設立可能) |
この表からもわかるように、一般社団法人は「利益を追求する」のではなく「活動を通じて社会に貢献する」という性質が強く、その利益はあくまでも活動を継続・発展させるための「手段」と位置づけられます。この根本的な考え方の違いが、給料や報酬の仕組みにも影響を与えます。
一般社団法人の給与
一般社団法人と株式会社の給与の違い
まず、一般社団法人の給与を理解する上で、日本の企業形態として最も一般的な「株式会社」との違いを知っておくことが重要です。
・株式会社の場合: 会社の利益を株主(出資者)に還元する「営利」を最大の目的としています。そのため、役員報酬は会社の利益に応じて柔軟に設定され、株主総会の決議を経て決定されます。利益が出た場合は、配当という形で株主に出資額に応じて分配されます。
・一般社団法人の場合: 法律上は「非営利」が原則です。ここでいう「非営利」とは、法人が得た利益を、社員(出資者ではなく、法人の構成員)に分配しないという意味です。たとえ事業で大きな利益が出たとしても、その利益を理事や社員にボーナスとして山分けすることは法的に禁止されています。
しかし、この「非営利」という言葉から、「働いている人には給料を払えないのでは?」と誤解される方が非常に多いのですが、それは間違いです。利益を分配することはできませんが、役員や従業員に「給与」を支払うことは、まったく問題ありません。
ただし、この「非営利」という原則があるため、給与の支払いには独特のルールや注意点が存在します。この点が、株式会社と一般社団法人の最も大きな違いと言えるでしょう。
役員と従業員に対する給与
一般社団法人でも、株式会社と同様に働く人には「給与」を支払います。しかし、役職によって呼び方や税務上の扱いが異なります。この区別をしっかり理解しておくことが大切です。
・役員: 一般社団法人の運営に関わる重要な役割を担う人たちのことで、具体的には「理事」や「監事」が該当します。彼らに支払われる報酬は「役員報酬」と呼ばれます。
理事:法人の業務を執行する人です。法人の代表として、日常の業務運営を担います。
監事:理事の業務執行や法人の財産状況を監査する人です。
・従業員: 役員以外の、法人の事業活動を支える人たちのことで、事務員、正社員、パート、アルバイトなどが含まれます。彼らに支払われる報酬は「給与」と呼ばれます。
給与・役員報酬ともに、税務上の手続きは基本的に同じです。支払いの際に所得税や住民税を天引きする「源泉徴収」を行い、年末には「年末調整」を実施します。
社員に対する給与
一般社団法人の構成員には上記の他に「社員」が存在しており、株式会社でいうところの「株主」のような立場になります。彼らは社員総会に出席し、議決権を行使することで、法人の運営方針を決定する重要な役割を担います。
社員への給料(利益の分配)は、原則として禁止されています。 これは、一般社団法人が「営利を目的としない」とされているため、活動で得た利益を社員に分配してはいけないという法律上の制約があるからです。
ただし、給料以外の「役務の提供の対価」としてであれば、社員に金銭を支払うことは可能です。たとえば、法人の事業活動に際して社員が特別な業務を担い、その対価として報酬を支払うケースなどがこれに該当します。しかし、この場合でも、それが「利益の分配」とみなされないよう、業務内容や金額の妥当性を明確にしておく必要があります。
役員報酬を支払う際の重要ポイント
ここからが、一般社団法人の給与について、特に注意していただきたい本題です。役員報酬は、従業員の給与とは異なり、厳格なルールが存在します。このルールを守らないと、税務署から「損金(経費)として認められない」と判断され、余計な税金を支払うことになってしまいます。
職務執行の対価であること
役員報酬は、理事や監事といった「役員としての職務を執行した対価」として支払われます。
例えば、事業計画の策定や組織の管理、法人の代表としての対外的な活動など、役員という立場で行う業務に対するものです。この点が、従業員への給与(労働の対価)と大きく異なります。役員が従業員としての業務も兼務している場合は、後ほど詳しく解説しますが、その部分の給与は分けて考える必要があります。
定款や社員総会で定めること
役員報酬の金額や支払い方法は、定款に記載するか、社員総会の決議で定める必要があります。これは、役員が自身の報酬を自由に、かつ恣意的に決めることを防ぎ、法人の透明性や公平性を確保するためです。
定款に役員報酬に関する規定がない場合は、社員総会を開き、議事録を作成して決定したことを記録として残しておきましょう。議事録には、以下の内容を記載します。
・開催日時と場所
・出席した社員の氏名と人数
・決議された役員報酬の具体的な金額
・決議された支払い方法や時期
・決議に至った理由
この議事録は、税務調査の際に役員報酬の適正性を証明する重要な書類となります。
「不当に高額」と判断されないようにする
ここが最も重要なポイントです。
一般社団法人は非営利が原則のため、役員報酬が「不当に高額」と判断されると、税務署から損金として認められない可能性があります。つまり、その高額な部分が経費として認められず、結果として法人税の負担が増えてしまうのです。
では、「不当に高額」とは、具体的にどういった基準で判断されるのでしょうか? 税務署は、以下の要素を総合的に判断します。
・同業種・同規模の法人の役員報酬と比較してどうか: 同じような事業内容や規模の一般社団法人が、どれくらいの役員報酬を支払っているかという相場を参考にされます。
・法人の事業内容や収益状況と比べてどうか: 法人の事業が順調で利益が出ているか、赤字ではないかなど、法人の経営状況と見合っているか。
・職務内容や貢献度と比べてどうか: 役員の職務が法人の運営にとってどれほど重要で、どれだけ貢献しているか。
・社員総会で適正に決議されているか: 先ほど述べたように、透明性の高い手続きで決定されているか。
・定款に規定されている限度額を超えていないか: 定款で役員報酬の上限額を定めている場合、その金額を超えていないか。
これらの要素を総合的に判断されるため、「これくらいの金額なら大丈夫」と断定することはできません。特に設立当初や事業規模が小さい場合は、無理のない金額設定が求められます。
役員報酬は「定期同額」が原則
株式会社の役員報酬には、「定期同額給与」というルールがあります。これは、毎月同額の役員報酬を支払うというものです。一般社団法人にも、このルールが準用されると考えるのが一般的です。
・定期同額給与とは?: 毎月、決められた日に、同じ金額を支払う給与のことです。
・なぜこのルールがあるの?: 利益調整のために役員報酬を増減させることを防ぐためです。
例えば、利益が出そうだから今月だけ役員報酬を増やそう、といったことは認められません。役員報酬の金額を変更できるのは、事業年度開始の日から3ヶ月以内など、特定のタイミングに限られます。
従業員に対する給与
従業員への給与は、役員報酬に比べ柔軟に対応することができます。
支払時の注意点
従業員への給与は、労働の対価として支払うものです。この点は株式会社と大きな違いはありません。
ただし、一般社団法人の場合は、社会的な信頼を維持するためにも、より一層ルールを遵守した運営が求められます。
労働基準法に準拠する: 最低賃金や労働時間、休憩時間、休日など、労働基準法を守って給与を支払いましょう。
雇用契約書の作成: 従業員を雇用する際は、労働条件を明確にした雇用契約書を必ず交わしましょう。
社会保険の加入: 法人として従業員を雇用する場合、健康保険や厚生年金、雇用保険、労災保険といった社会保険への加入義務が生じます。
これらの手続きは複雑な部分も多いため、税理士や社会保険労務士といった専門家と連携して進めることをお勧めします。
よくある質問(Q&A)
多く寄せられる疑問にお答えします。
理事の報酬はゼロでも大丈夫?
はい、大丈夫です。報酬をゼロに設定することも可能です。
特に、設立当初で事業が軌道に乗るまで、またはボランティアとして運営に携わる場合は、無報酬とすることも珍しくありません。ただし、その場合は、「無報酬」であることを社員総会などで明確に確認し、議事録に残しておくことが非常に重要です。
一般社団法人の利益は、役員や社員で山分けできる?
いいえ、できません。これは一般社団法人の根幹をなすルールであり、最も重要なポイントです。
繰り返しになりますが、法律上、一般社団法人の利益を役員や社員に分配することは厳しく禁止されています。事業活動で得た利益は、法人の活動目的を達成するために再投資されるべきものです。例えば、活動拠点の拡大、従業員の給与引き上げ、新しい事業の立ち上げなどに活用されます。
理事が従業員として働くことはできる?
可能です。
この場合、「理事としての職務に対する報酬」と、「従業員としての労働に対する給与」を明確に分けて支払う必要があります。
例えば、ある理事が週に3日、法人の事務作業を行っているとします。この場合、理事としての報酬とは別に、事務作業に対する給与を支払うことになります。
この2つは税務上の扱いが異なるため、混同しないように注意が必要です。また、従業員としての給与は、労働時間や内容に応じて適切に設定しましょう。
役員報酬の金額はどうやって決めたらいい?
税務署から「不当に高額」と判断されないためには、以下のステップで金額を検討することをお勧めします。
1.法人の収益状況を把握する: まずは、現在の収益や将来の事業計画を基に、役員報酬として支払える金額の上限を把握しましょう。
2.同業他社の相場を調べる: 類似の事業を行う一般社団法人が、どれくらいの役員報酬を支払っているか、インターネットや専門家のネットワークを通じて調べてみましょう。
3.職務内容や貢献度を考慮する: 役員がどのような役割を担い、どのくらい法人に貢献しているかを客観的に評価します。
これらのステップを踏むことで、万が一の税務調査にも、自信を持って対応できる根拠を持つことができます。
まとめ
一般社団法人でも、役員や従業員に給料や報酬を支払うことは何ら問題ありません。しかし、その決め方や税務上の扱いは、株式会社とは異なる点が多く、特に「役員報酬」は慎重な対応が求められます。適正な給料や報酬の仕組みを構築し、健全な法人運営を目指しましょう。