中小企業の経営者なら一度は耳にしたことがあるかもしれない「倒産防止共済」ですが、正式名称は「経営セーフティ共済」といいます。倒産防止共済という名称から、なんだか難しそうで、自分には関係ないと思っていませんか?
倒産防止共済は、中小企業の経営を安定させ、万が一の事態に備えるための、非常に強力な味方になってくれる制度です。 そして、上手に活用することで、「節税」と「資金繰りの改善」という、経営者にとって大きなメリットをもたらしてくれます。
今回は、倒産防止共済がどのような制度なのか、そのメリット・デメリット、そして賢く活用するためのポイントを、初めての方にも分かりやすく説明していきます。
倒産防止共済とは
「倒産防止共済」は、独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営する、中小企業のための共済制度です。簡単に言えば「取引先が倒産して売掛金が回収できなくなったときに、積み立てた掛金に応じてお金を借りることのできる制度」です。
中小企業にとって、売掛金の未回収は死活問題になりかねません。たとえ自社の経営が順調でも、取引先の倒産という予期せぬ事態が、連鎖倒産を引き起こすリスクは常に存在します。倒産防止共済は、そうした「連鎖倒産」を防ぐためのセーフティネットとして、非常に重要な役割を担っています。
この制度は、単なる保険ではありません。後ほど詳しく解説しますが、積み立てた掛金は「全額損金(経費)」に算入でき、なおかついつでも「解約」して掛金を取り戻すことができる、非常にユニークで便利な仕組みを持っています。
沿革
倒産防止共済は、中小企業倒産防止共済法に基づく共済で、中小企業の取引先事業者が倒産してしまった際の連鎖倒産を防ぐことを目的として、昭和53年4月にスタートしました。
昭和40年代後半から景気後退に伴い倒産件数が増加する中、取引先数が限定され、取引先企業の財務情報などの入手も困難な中小企業は、突然の取引先企業の倒産で被害を受けることが多いことから、中小企業の相互救済のための仕組みとして作られました。
日本において、事業所数や従業員数で大きな比重を占める中小企業の経営の安定を図ることは、景気対策だけでなく、失業などの社会問題の深刻化を未然に防ぐ意味でも大変意義深いものです。
倒産防止共済の創設以来、経済状況や社会環境の変化に伴い、貸付限度額や掛金月額上限の引上げ、掛金納付期間の短縮、一時貸付金貸付制度や早期償還手当の創設、共済事由の拡大等の見直しが行われ、現在に至っています。
令和6年3月末現在、約64万の企業や事業者等が加入しており、共済金の貸付け実績は、累計で約27万件、約1兆9,000億円となっています。
加入できる事業者
倒産防止共済は、全ての企業が加入できるわけではありません。以下のいずれかを満たす、日本国内で1年以上事業を継続している中小企業者・個人事業主が対象です。ただし、法人設立後1年未満であっても、個人事業から同一事業を継続して1年以上行っている場合は加入可能です。
・製造業、建設業、運輸業、その他の業種:資本金または出資の総額3億円以下、または従業員300人以下
・卸売業:資本金または出資の総額1億円以下、または従業員100人以下
・サービス業:資本金または出資の総額5,000万円以下、または従業員100人以下
・小売業:資本金または出資の総額5,000万円以下、または従業員50人以下
・ゴム製品製造業:資本金または出資の総額3億円以下、または従業員900人以下
・ソフトウェア業または情報処理サービス業:資本金または出資の総額3億円以下、または従業員300人以下
・旅館業:資本金または出資の総額5,000万円以下、または従業員200人以下
医療法人、農事組合法人、NPO法人、外国法人等は加入することができません。また、倒産防止共済は取引先の事業者の倒産により生じる回収困難な売掛金債権等に対しての貸付制度であるため、一般消費者を取引先とする事業者、金融業者および不動産業者などの取引先事業者に対する売掛金債権等が生じない業種は、貸付の対象にならない場合があるので、加入を検討する場合には注意が必要です。
掛金の仕組みと積立限度額
倒産防止共済の掛金は、月額5,000円から20万円までの範囲で、5,000円単位で自由に設定できます。掛金は毎月支払うことになり、積立限度額は800万円です。
掛金は「損金(法人の場合)」または「必要経費(個人事業主の場合)」として全額を計上することができるため、節税効果も期待できます。
たとえば、月額5万円の掛金を1年間支払った場合、年間60万円が損金として処理できるため、法人税等の負担軽減につながります。
共済の借入条件と金額、返済期間
取引先が倒産した際には、以下の条件を満たすことで共済金の借入が可能です。
1.借入の条件
以下の条件を満たす必要があります。
・加入後6か月以上経過していること
・倒産した取引先との継続的な取引があり、売掛金などの未回収債権があること
・倒産の事実が確認できること(破産、民事再生、会社更生など)
2.借入可能額
借入可能額は、以下のいずれか少ない方の金額となります。
・共済契約者が積み立てた掛金総額の10倍(最大8,000万円)
・回収困難となった売掛金債権等の額
つまり、掛金を800万円まで積み立てていれば、最大8,000万円までの借入が可能です。
3.返済期間
借入額に応じて、以下のとおり返済期間が設定されています(6カ月の据置期間を含む)。
・5,000万円未満:5年
・5,000万円以上6,500万円未満:6年
・6,500万円以上8,000万円以下:7年
加入手続きの流れ
倒産防止共済への加入手続きは、中小機構と業務委託契約を締結している団体等(委託団体)または金融機関の本支店(代理店)で行っています。
委託団体には、商工会、商工会議所、中小企業団体中央会、中小企業の組合、損害保険ジャパン株式会社などです。代理店である金融機関では、取り扱いのない店舗もあるため、事前確認が必要です。
倒産防止共済への加入は、以下の流れで行います。
①提出書類の準備・作成
準備する書類は、契約申込書、掛金預金口座振替申出書、重要事項確認書兼反社会的勢力の排除に関する同意書、履歴事項全部証明書、確定申告書、納税証明書などです。提出先により提出書類が異なりますので、事前の問合せをおすすめします。
②中小企業基盤整備機構による審査
③書類の送付
審査に通り契約が成立すると、2カ月程度で「共済契約締結証書」「加入者必携」が送付されます。
加入後は、毎月の掛金を納付しながら積立を行っていきます。掛金の変更や一時停止、再開なども可能ですので、経営状況に応じて柔軟に対応できます。
倒産防止共済のメリット
倒産防止共済には、経営者にとって非常に魅力的なメリットが多数あります。
掛金が全額損金算入
これが倒産防止共済の最大の魅力であり、多くの経営者が加入する一番の理由です。毎月支払う掛金は、事業の「経費」として処理することができます。年間最大240万円、累計で最大800万円までの掛金を損金に算入することが可能です。
例えば、利益が1,000万円の年に、掛金を年間上限の240万円積み立てたとします。この場合は課税所得が760万円にまで減り、その分、支払うべき法人税や事業税などの税金を大幅に抑えることができます。
この節税効果は非常に強力です。特に、利益が大きく出た年度の決算対策として、非常に有効な手段となります。
万が一の倒産リスクに備えられる
制度本来の目的である、連鎖倒産のリスクに備えられる点も重要なメリットです。取引先が倒産して売掛金が回収できなくなった場合、積み立てた掛金の10倍(最大8,000万円)までの金額を、無担保・無保証人・無利子で借り入れることができます。
「万が一」はいつ起こるかわかりません。いざという時に、事業を守るための資金を確保できる安心感は、何物にも代えがたいものです。
必要な時に資金を確保できる
倒産防止共済のもう一つの大きな強みは、「積み立てたお金をいざという時に戻せる」という点です。
1.解約による返戻金
・12ヶ月以上掛金を支払っていれば、解約時に掛金の一部または全額が戻ってきます。
・40ヶ月以上掛金を支払っていれば、掛金全額が戻ってきます。
2.一時貸付金制度
・解約ではなく一時的に資金が必要になった場合、積み立てた掛金の範囲内で低利でお金を借りることもできます(令和6年4月1日時点の利率は年9%)。また、通常の融資とは異なり、倒産防止共済の借入には担保や保証人が不要です。
ただし、一時貸付金の借入期間は1年であり、返済方法は期限一括返済になります。
これらの仕組みを活用することで、必要な時に資金を調達する手段として利用することができます。例えば、将来の設備投資や事業拡大のための資金として、計画的に積み立てておくことも可能です。
倒産防止共済のデメリット
倒産防止共済には多くのメリットがありますが、注意すべき点もあります。デメリットをしっかりと理解した上で、利用を検討しましょう。
短期解約の場合は元本割れする
先ほど、40カ月以上で全額戻るとお伝えしましたが、裏を返せば、40カ月未満で解約すると、元本割れしてしまうということです。
・1~11カ月:掛け捨てとなり、返戻金はありません。
・12~23カ月:掛金の80%
・24~29カ月:掛金の85%
・30~35カ月:掛金の90%
・36~39カ月:掛金の95%
・40カ月以上:掛金の100%
つまり、最低でも40カ月(3年4カ月)は継続する意思がないと、逆に損をしてしまう可能性があります。 短期間で解約する可能性がある場合は、慎重な検討が必要です。
解約返戻金は全額「雑収入」となる
節税のために積み立てたお金も、解約して会社に戻ってきた際には、その全額が会社の利益(雑収入)として計上されます。
利益が少ない年に解約して、新たな事業の資金に充てる、といった計画的な利用が重要になります。
対象となる「倒産」の定義
共済金を受け取れる「倒産」は、法律上の倒産や私的整理など厳密に定められています。「取引先が単純に資金ショートして支払い能力がなくなった」だけでは、対象にならない場合もあります。共済金の借入が受けられる取引先の倒産は以下のとおりです。
・法的整理
・取引停止処分
・でんさいネットの取引停止処分
・私的整理
・災害による不渡り
・災害によるでんさいの支払不能
・特定非常災害による支払不能
夜逃げ等による倒産の場合は、共済金の借入を受けることができません。
借入金の10%相当額が掛金から控除される
共済金を借入した場合、その借入額の10%に相当する金額が掛金から控除されます。取引先の倒産で1,000万円の借入をした場合、100万円が納付済みの掛金から減額されることになります。
共済金の借入は無利子となっていますが、実質的には有利子と変わらないといえるでしょう。
倒産防止共済の活用術
倒産防止共済を単なる節税対策としてではなく、会社の財務体質を強化するための戦略的なツールとして利用することができます。最後に、その具体的な活用方法をいくつかご紹介します。
利益が出た年の「決算対策」として
「今期は予想以上に利益が出そうだな…」というとき、法人税の負担を軽減するために、掛金を年間上限の240万円まで一括で払い込むという方法です。 利益の圧縮効果が大きく、翌年度にその分の税負担を軽減することができます。
将来の事業拡大に向けた「積み立て」として
短期的に大きな利益が出なくても、毎月コツコツと掛金を積み立てていく方法です。毎月10万円ずつ積み立てていけば、1年間で120万円、5年間で600万円の資金を会社に貯めておくことができます。
「〇年後に新しい店舗を出したい」「設備を買い替えたい」といった具体的な目標がある場合に、計画的に資金を準備する手段として非常に有効です。
退職金準備としての活用
経営者自身の退職金準備として活用するケースもあります。 会社の利益から積み立てを行い、将来的に解約返戻金として受け取ることで、退職金規程に則った形で退職金を準備することが可能です。ただし、退職金として受け取るためには、税務上の手続きが複雑になる場合もありますので、専門家にご相談ください。
まとめ
倒産防止共済は、中小企業の経営者にとって非常に心強い制度です。取引先の倒産という予測不能なリスクに備えながら、節税効果も得られるという一石二鳥の制度といえます。
「うちは大丈夫」と思っていても、経済環境の変化や業界の再編などで、突然の倒産に巻き込まれる可能性はゼロではありません。だからこそ、今のうちに備えておくことが大切です。