個人事業者が確定申告する際の納税地は自宅や事業所になっていますが、自宅や事業所を引っ越した場合には変更手続きが必要になります。今回は転居の状況ごとに必要な手続きを解説します。
個人事業者が転居した場合の手続
個人事業者が転居した場合は、状況に応じて必要な手続きが異なります。
納税地とは
所得税の確定申告書は、提出時の納税地を所轄する税務署長に提出することになっていますが、納税地とは一般的には住所地になります。国内に住所がある人はその住所地が納税地となりますが(所得税法第15条第1項)、国内に住所がなく居所(生活の本拠という程度には至らないものの、現実に居住している場所)がある人は、その居所地が納税地となります(同条第2項)。
ただし、所得税法第16条において、次のとおり、納税地の特例が認められています。
①国内に住所のほか居所を有する納税義務者は、その住所地に代え、その居所地を納税地とすることができる。
②国内に住所または居所を有し、かつ、その住所地または居所地以外の場所にその営む事業に係る事業場その他これに準ずるもの(事業場等)を有する納税義務者は、その住所地または居所地に代え、その事業場等の所在地(その事業場等が二以上ある場合には、これらのうち主たる事業場等の所在地)を納税地とすることができる。
納税地の変更手続き
転居したことなどにより納税地を変更した場合、変更後の確定申告において、新たな住所で申告することで納税地の変更手続きが完了します。ただし、国税当局からの各種文書の送付先は、原則として納税地宛に送付されることになっているため、納税地を変更した場合は文書の到着が遅れる可能性があります。年の途中で納税地を変更した場合において、国税当局からの各種文書の送付先について、納税地変更後の最初の確定申告を待たずに変更するためには「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」の提出が必要です。提出先は、変更後の納税地を所轄する税務署長になります。
振替納税の手続
振替納税とは、納税者自身の名義の預貯金口座からの口座引き落としにより国税を納付するしくみです。納税地を変更した場合、納税地を所轄する税務署に変更がなければ、特段の手続きをせずにそのまま振替納税は継続されますが、所轄税務署が変更となる場合は手続きが必要です。手続きの方法は次のとおりです。
①「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する届出書」の「振替納税を引き続き希望する」の「はい」を〇で囲む。
②申告所得税または消費税の申告書の振替継続希望欄に〇を記載して提出する(どちらかの申告書に記載すれば、もう一方の税目についても振替納税を継続して利用できます。)。
③口座振替依頼書を変更後の所轄税務署に提出する。口座振替依頼書の提出は、書面またはe-Taxによるオンライン提出になります。
事業所の移転・増設
個人事業者が事業所等を移転・新規に増設・廃止した場合は、「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出しなければなりません。届出書には、事業所等の新増設等のあった日、新増設・移転後の所在地と電話番号、移転・廃止前の所在地等を記載します。提出期限は、事務所等を移転した日から1カ月以内と定められています(所得税法第229条)。
給与支払事務所等の移転
給与等の支払を行う個人事業者が、給与等の支払を行う事務所等を移転した場合は「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出しなければなりません(所得税法第230条)。届出書には、事務所等の移転日、移転前と移転後の所在地等を記載し、事務所等を移転した日から1カ月以内に、移転前の事務所等の所在地の所轄税務署長に提出します。ただし、事業所等を移転した場合には、「個人事業の開業・廃業等届出書」を所轄税務署長に提出することになっているので(所得税法第229条)、この「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出する必要はありません。
海外に転居した場合
個人事業主が国内における事業を廃止して海外に転居した場合は「廃止届」等の提出が必要ですが、日本国内で発生した所得がある場合は課税対象となるため一定の手続きが必要です。
居住者と非居住者
「居住者」とは国内に住所を有し、または、現在まで引き続き1年以上引き続き居所を有する個人のことであり、居住者以外の個人を「非居住者」とされています。非居住者となり国内における事業を廃業する場合は「廃業届」等の提出が必要ですが、非居住者であっても日本国内で発生した「国内源泉所得」については課税対象となります。課税方式については、国内源泉所得の種類、支店や事業所などの恒久的施設の有無、国内源泉所得が恒久的施設に帰せられるか否かによって、申告納税方式または源泉徴収方式のいずれかが採用されています。国内源泉所得には次のようなものがあります。
・恒久的施設帰属所得、国内にある資産の運用または保有による生ずる所得、国内にある資産の譲渡により生ずる所得
・組合契約等に基づいて恒久的施設を通じて行う事業から生ずる利益で、その組合契約に基づいて配分を受けるもののうち一定のもの
・国内にある土地、土地の上に存する権利、建物および建物の附属設備または構築物の譲渡による対価
・国内で行う人的役務の提供を事業とする者の、その人的役務の提供に係る対価
例えば、映画俳優、音楽家などの芸能人、職業運動家、弁護士、公認会計士等の自由職業者または科学技術、経営管理等の専門的知識や技能を持つ人の役務を提供したことによる対価がこれに当たります。
・国内にある不動産や不動産の上に存する権利等の貸付けにより受け取る対価
・日本の国債、地方債、内国法人の発行した債券の利子、外国法人が発行する債券の利子のうち恒久的施設を通じて行う事業に係るもの、国内の営業所に預けられた預貯金の利子等
・内国法人から受ける剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配等
・国内で業務を行う者に貸し付けた貸付金の利子で国内業務に係るもの
・国内で業務を行う者から受ける工業所有権等の使用料、またはその譲渡の対価、著作権の使用料またはその譲渡の対価、機械装置等の使用料で国内業務に係るもの
・給与、賞与、人的役務の提供に対する報酬のうち国内において行う勤務、人的役務の提供に基因するもの、公的年金等、退職手当等のうち居住者期間に行った勤務等に基因するもの
・国内で行う事業の広告宣伝のための賞金品
・国内にある営業所等を通じて締結した保険契約等に基づく年金等
・国内にある営業所等が受け入れた定期積金の給付補てん金等
・国内において事業を行う者に対する出資につき、匿名組合契約に基づく利益の分配
・その他の源泉所得
例えば、国内おいて行う業務または国内にある資産に関し受ける保険金、補償金または損害賠償金に係る所得がこれに当たります。
納税管理人の選任
非居住者の日本国内における確定申告書の提出、税務署等からの書類の受け取り、税金の納付や還付金の受け取り等について、非居住者に代わって行うのが納税管理人です。納税管理人を定めたときには、その非居住者の納税地を所轄する税務署長に「所得税・消費税の納税管理人の選任・解任届出書」を提出しなければなりません。この届出書を提出した以後、税務署が発送する書類は納税管理人あてに送付されますが、確定申告書は非居住者の納税地を所轄する税務署に対して提出します。なお、納税管理人は法人でも個人でも構いません。
また、帰国し居住者になるなど、先に選任していた納税管理人を解任する場合は、納税地を所轄する税務署長に「所得税・消費税の納税管理人の選任・解任届出書」を提出しなければなりません。おって、納税管理人を変更する場合には、既に届け出ている納税管理人を「所得税・消費税の納税管理人の選任・解任届出書」を提出することにより解任したうえで、「所得税・消費税の納税管理人の選任・解任届出書」を提出することにより新たな納税管理人を選任します。
確定申告書の提出先
国内に住所および居所を有しないこととなった者の納税地については、次の順番で判断します。
① 国内において行う事業に係る事務所等を有する場合
その事務所等の所在地
② ①以外の者で、その納税地とされていた住所または居所にその者の親族等が引き続き、またはその者に代わって居住している場合
その納税地とされていた住所または居所
③ ①および②以外の場合で、国内にある不動産の貸付け等の対価を受ける場合
その貸付けの対価に係る資産の所在地(その資産が2つ以上ある場合には、主たる資産の所在地)
④ ①から③により納税地を定められていた者が、そのいずれにも該当しないこととなった場合
その該当しないこととなった時の直前において納税地であった場所
⑤ ①から④以外で、その者が国に対し所得税の申告および請求等の行為を行う場合
その者が選択した場所
⑥ ①から⑤のいずれにも該当しない場合
麹町税務署の管轄区域内の場所
申告等の方法
①出国の時までに納税管理人を指定した場合
その年の1月1日から出国する日までの間(以下「居住者期間」といいます。)に生じたすべての所得と、出国した日の翌日からその年の12月31日までの間(以下「非居住者期間」といいます。)に生じた国内源泉所得の合計額について、翌年2月16日から3月15日までの間に納税管理人を通じて確定申告および納税をする必要があります。
②納税管理人を指定しないで出国する場合
居住者期間に生じたすべての所得について、出国の日までに確定申告(準確定申告)をする必要があります。そして、この準確定申告をしたとしても、非居住者期間に国内源泉所得が生じる場合には、居住者期間に生じたすべての所得と非居住者期間に生じた国内源泉所得との合計額について、納税管理人を通じるなどして、翌年2月16日から3月15日までの間に確定申告および納税をする必要があります。
③年を通じて海外にいる場合
海外に転居した年の翌年以後も、日本国内に国内源泉所得があり、その所得の金額が基礎控除額を超える場合には、原則として、翌年2月16日から3月15日までの間に納税管理人を通じて確定申告をする必要があります。
この場合の所得控除については、雑損控除、寄付金控除および基礎控除だけが適用できます。ただし、雑損控除については、国内にある資産について生じた損失に限られます。なお、非居住者が日本または租税条約の相手国の社会保険制度の下で支払った一定の保険料については、一定の金額を限度として控除することができます。また、国内にある不動産の賃貸料については、原則として、非居住者がその支払を受ける際に20.42%(所得税20%、復興特別所得税0.42%)の税率で源泉徴収されますが、この源泉徴収税額の還付を受けるための申告を行うこともできます。
過去の提出書類の確認方法
過去に提出した届出書等の控えが手元になく内容の確認ができない場合には次の方法で確認することができます。
閲覧サービス
納税地を所轄する税務署の窓口にて申請することにより、自身が過去に提出した申告書や届出書等を閲覧することができます。申告書等が業務センターや外部書庫等に保管されている場合があるので、申請する際は事前に税務署宛に連絡すると手続きがスムーズに行われます。また、申請にはマイナンバーカード等の本人確認書類の提示が必要です。
閲覧において、申告書等のコピーの交付は実施されていません。記録が必要な場合は原則として書き写しになりますが、デジタルカメラ・スマートフォンなど撮影した写真をその場で確認できる機器を使用するなどの一定の条件に同意が得られた場合は、写真撮影が可能です。ただし、動画による撮影は認められていません。
保有個人情報の開示請求
税務署が保有する個人情報に対する開示請求により、提出した申告書や届出書等の内容を確認することができます(写しの交付も可能ですが、1カ月程かかります)。「保有個人情報開示請求書」を書面にて作成し、税務署窓口に提出または郵送で請求します。手数料は1件300円、開示請求書に印紙を貼付して納付または税務署窓口にて直接支払います。また、書面による申請の場合は本人確認書類の提示または提出が必要です。税務署窓口で申請する場合は、運転免許証やマイナンバーカードの提示又は提出が求められ、郵送の場合は窓口申請時の同様の本人確認書類の写しに加えて、開示請求をする前30日以内に作成された住民票の写しの添付も必要です。
書面申請の他e-Taxによるオンライン申請も可能であり、この場合の手数料は200円、電子納付による支払いも可能です。
まとめ
個人事業主が引っ越し等で納税地を変更した場合は、特別な手続きをすることなく、新たな納税地で確定申告を行うことで納税地の変更手続きは完了します。ただし、事業所等の移転の場合は届出書の提出が必要になるので、状況に応じて届出書の提出等を行うようにしましょう。