個人事業を廃業するとき、税務署に廃業届を提出しなければなりません。廃業届のほかにも提出すべき書類があり、廃業する年の確定申告は通常年の確定申告とは違う会計処理もあります。今回は廃業時における手続や確定申告について解説します。
廃業届
個人事業主が事業を廃止する場合には、廃業届の提出が必要です。
廃業届の提出
個人事業を廃止した場合には、廃業した日から1カ月以内に納税地を所轄する税務署長に「個人事業の開業・廃業等届出書」に廃業した事由や廃業日などの必要事項を記載して提出しなければなりません(所得税法第229条)。
提出しない場合のデメリット
廃業届は廃業日から1カ月以内の提出が規定されていますが、提出しなかった場合の罰則やペナルティはありません。ただし、廃業届を提出しない場合は事業が継続しているとみなされるため、確定申告や納税義務が生じる可能性があり、延滞税や無申告加算税が課される恐れがあります。これらのリスクを避けるためにも、廃業届は提出しておきましょう。
廃業に伴うその他の提出書類
個人事業を廃業した場合、廃業届のほかにも提出すべき届出書があります。
所得税の青色申告の取りやめ届出書
青色申告の承認を受けている個人事業者は「所得税の青色申告の取りやめ届出書」の提出が必要です。提出期限は、青色申告を取りやめようとする年、すなわち廃業した年の翌年3月15日までになります。事業所得と不動産所得を合わせて確定申告している個人事業主が、廃業により青色申告の取りやめ届出書を提出した場合、不動産所得についても青色申告が取りやめとなってしまうので、提出には注意が必要です。
給与支払事務所等の廃止届出書
事業専従者や従業員に給与を支払っている個人事業者は「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」により廃止届出書の提出が必要です。廃業から1カ月以内に、その給与支払事務所等の所在地の所轄税務署長に提出します。
また、従業員の個人住民税を、給与から差し引いて納付する特別徴収を実施している場合には、各従業員の住民税納付先の市町村に「給与支払報告・特別徴収に係る給与所得者異動届出書」を提出します。退職日(廃業日)が1月1日から4月30日までの場合は未徴収の税額を事業主が一括徴収して納付、退職日(廃業日)6月1日から12月31日までの場合は従業員自らが納付する普通徴収へ切り替えることになります。
消費税の事業廃止届出書
消費税の課税事業者である個人は「事業廃止届出書」の提出が必要です。提出期限については明確に定められていませんが、提出すべき事由が生じた場合に速やかに提出することとされています。個人事業者が事業を廃止した場合、事業の廃止に伴い事業用資産に該当しなくなった車両等の資産は、事業を廃止した時点で家事のために消費または使用したものとして、事業として対価を得て当該資産を譲渡したものとみなされ(みなし譲渡)、非課税取引に該当しない限り、消費税の課税対象となります。この場合、当該事業を廃止した時の当該資産の通常売買される価額(時価)に相当する金額を、当該事業を廃止した日の属する課税期間の課税標準額に含めて消費税額を計算することになります。
所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請書
予定納税とは、前年分の所得金額や税額などを基に計算した金額(予定納税基準額)が15万円以上である場合に、その年の所得税及び復興特別所得税の一部をあらかじめ納付する制度です。予定納税額は、その年の5月15日現在で確定している前年分の申告納税額の3分の1の金額を、第1期分および第2期分として2回納付することになります。納付期限は第1期分をその年の7月1日から7月31日まで、第2期分をその年の11月1日から11月30日までとなっています。納付税額は、翌年の確定申告において、確定申告書で計算した税額から予定納税額を差し引くことで、税額の過不足分を精算することになります。
ただし、予定納税の義務のある個人事業者が廃業、休業または業況不振等により、①その年6月30日の現況による申告納税見積額が予定納税額の計算の基礎となった予定納税基準額に満たないと見込まれる場合、②その年10月31日の現況による申告納税額が既に受けている減額の承認に係る申告納税見積額に満たないと見込まれる場合において「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請書」を提出することにより、予定納税額の減額を求めることができます。提出期限は、第1期分および第2期分の減額申請については、その年の7月1日から7月15日まで、第2期分のみの減額申請については、その年の11月1日から15日になります。提出期限が15日間と限定されており、期限内に提出しない場合は減額を受けることができなくなってしまうので、提出期限に遅れないよう注意が必要です。また、予定納税においても納付が期限に遅れると延滞税が課されます。
廃業した年の確定申告
廃業した年の確定申告は、通常の確定申告とは違う会計処理があります。また、廃業した場合であっても確定申告書の提出期限は翌年3月15日となります。
事業を廃止した場合の必要経費の特例
所得金額の計算をする際に、必要経費に算入できる金額は債務の確定した金額です。よって、廃業した場合は、原則として廃業日までに債務の確定した金額が必要経費となりますが、賃貸していたオフィスの原状回復費用など廃業後においても事業に関連する経費が発生します。このような廃業後の経費について、所得税法第63条において「事業を廃止した場合の必要経費の特例」が規定されており、廃業後おいても必要経費とすることが可能です。この特例が適用できる条件は以下のとおりです。
・不動産所得、事業所得、山林所得を廃業した個人事業者
・事業を廃止しなかったならば必要経費とすることができたもの
上記条件を満たした場合、廃業後に生じた必要経費は廃業した年の経費として、廃業した年に控除しきれなかった場合はその前年に遡って経費とすることができます。
固定資産の未償却残高
廃業日現在で所有している事業用固定資産について、廃業日までの減価償却費は月割で計上します。未償却分の固定資産は、廃業後の取り扱いに応じて以下のとおり会計処理を行います。
①個人使用する場合 会計処理の必要なし
②廃棄する場合 固定資産除却損として損失計上
③売却する場合 売却金額は譲渡所得に該当(未償却残高は取得費として譲渡所得を計算)
事業税の見込控除
所得計算において、所得税および住民税は必要経費となりませんが、個人事業税は必要経費とすることができます。令和6年分の確定申告をした場合、令和7年の3月15日までに確定申告書を提出し、その後8月頃に納付書が郵送され、8月および11月に事業税を納付します。個人事業税は納付した日の属する年の必要経費となるため、令和6年分に課せられた個人事業税は令和7年の経費となりますが、廃業した場合は個人事業税の納付時は廃業しているため必要経費とすることができません。そこで廃業年の確定申告においては、見込金額を廃業した年の必要経費とすることが認められています。見込額の計算方法は以下のとおりです。
((A±B)R)/(1+R)
A 事業税の課税見込額を控除する前の当該年分の当該事業に係る所得の金額
B 事業税の課税標準の計算上Aの金額に加算又は減算する金額
加算する金額 青色申告特別控除額(10万円、55万円、65万円のいずれか)
減算する金額 事業主控除額290万円(廃業日に応じて月数按分が必要)
R 事業税の税率(業種ごとに異なる)
届出書の提出方法
廃業届等を税務署に提出する方法には、税務署に直接持参・郵送・e-Taxの3つの方法があります。
税務署に直接提出
納税地を所轄する税務署に直接持参して提出することができます。税務署の開庁時間は月曜日から金曜日の午前8時30分から午後5時までですが、開庁時間以外においては税務署に設置された時間外収受箱に投函することにより提出可能です。
個人事業主の提出書類にはマイナンバー(個人番号)の記載が必須であるため、税務署窓口に直接持参する場合には、本人確認書類の提示が必要です。本人確認では、正しいマイナンバーであることの確認(番号確認)と手続きを行っている人がマイナンバーの正しい持ち主であることの確認(身元確認)が行われます。番号確認と身元確認はマイナンバーカードで対応可能ですが、マイナンバーカードを持っていない場合は、番号確認書類として通知カードまたはマイナンバーが記載されている住民票の写しまたは住民票記載事項証明書を、身元確認書類として運転免許証やパスポート、公的医療保険の被保険者証または資格確認書などを用意しなければなりません。通知カードについては、令和2年5月25日に廃止されていますが、通知カードに記載された氏名、住所などが住民票に記載されている内容と一致している場合に限り、引き続き番号確認書類として利用できます。
また、令和7年1月から申告書等の控えに収受日付印の押なつを行わないこととなりました。当分の間の対応として、希望者には、窓口で交付する「リーフレット」(今般の見直しの内容と申告書等の提出事実等の確認方法を案内するもの)に申告書等を収受した「日付」や「税務署名」を記載したものが渡されます。
郵送による提出
届出書は郵送で提出することも可能です。郵送する場合は、本人確認書類の写しを添付しなければなりません。また、税務上の申告書や申請書・届出書は「信書」に当たることから、税務署に送付する場合には、「郵便物」(第一種郵便物)または「信書便物」として送付する必要があります。
郵送した場合においても収受日付印の押なつは行われないため控えを同封する必要はありませんが、切手を添付した返信用封筒を同封した場合には、税務署窓口への持参と同様の日付と税務署名を記載したリーフレットが返信されます。
e-Taxによる提出
届出書は国税庁が運営する「国税電子申告・納税システム」であるe-Taxを利用して提出することも可能です。e-Taxの利用時間はメンテナンス時間を除き24時間利用することができ、税務署窓口持参および郵送による提出では必要とされる本人確認書類の提示・写しの添付は必要ありません。
また、e-Taxにおいては届出書等のデータ送信完了後に受信通知がメッセージボックスに格納されます。受信通知には届出書を提出した者の氏名又は名称、受付番号、受付日時等が確認できるので、この受信通知を収受印の代わりとすることが可能であり、受信通知から電子申請等証明書の交付を請求することも可能です。ただし、e-Taxの利用を利用するには利用者識別番号を取得など事前の準備が必要です。
発信主義と到達主義
税務手続に関する書類の提出日は、原則となるのは税務官庁に書類が到達した日であり、これを到達主義といいます。ただし、納税申告書(添付書類および関連して提出する書類を含む。)や提出時期に具体的な制約がある書類(後続の手続に影響を及ぼすおそれのある書類を除く。)については、その書類が郵便や信書便により提出された場合、その郵便物や信書便物の通信日付により表示された日が提出日とみなされ、これを発信主義といいます。発信主義および到達主義による主な書類の提出時期については以下のとおりです。
【発信主義】
①所得税
・申告所得税の確定申告書
・所得税の予定納税額の減額申請書
・個人事業の開廃業等届出書
・所得税の青色申告承認申請書
・所得税の青色申告の取りやめ届出書
・青色事業専従者に関する届出書
②源泉所得税
・給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書
・源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書
・源泉所得税の納期の特例の要件に該当しなくなったことの届出書
③相続・贈与税
・相続税の申告書
・贈与税の申告書
④法人税
・法人税の確定申告書
・法人設立届出書
・申告期限の延長の特例の申請書
・青色申告の承認申請書
・欠損金の繰戻しによる還付請求書
⑤消費税
・消費税の確定申告書
・消費税課税事業者選択届出書
・消費税課税事業者選択不適用届出書
・消費税簡易課税制度選択届出書
・消費税簡易課税制度選択不適用届出書
・適格請求書発行事業者の登録申請書
【到達主義】
①申告所得税
・所得税・消費税の納税管理人の届出書
・青色事業専従者給与に関する変更届出書
②相続・贈与税
・贈与税・相続税の免除届出書
③法人税
・異動届出書
・納税管理人届出書
・特別な償却方法の承認申請書
④消費税
・消費税課税事業者届出書
税務手続に関する書類について提出期限に遅れてしまうと、延滞税が課されたり、適用したい制度が希望の時期から受けることができなくなってしまうので、書類の提出は余裕をもって早めに行うことが大切です。また、申告書などは提出期限が土・日曜日・祝日等に当たる場合は、これらの翌日が期限となりますが、消費税簡易課税制度選択届出書などは提出期限が後ろにずれ込むことはないので注意が必要です。
まとめ
個人事業者が廃業する場合、廃業届の他に提出すべき書類がいくつかあります。廃業届を提出しなくても罰則等はありませんが、不利益を被る恐れがあるので廃業が決まったら早めに届出書類を提出するようにしましょう。